新しい〇〇

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 翌日の天候は予想通りの快晴だった。不安視していた風は、ビニール袋をコロコロと地面を転がせる程度。めずらしく時間ギリギリに駆け込んできた美月の頬がやけに紅い理由に気づいたのは、電車に乗って3駅も通過したのにおさまらなかったから。 「いつもより可愛いね」  手遅れなのはわかっていたけど、気づかないわけにもいかない。美月がむくれっ面で海星の肩にパンチ。海星は大げさに顔を歪めて肩が外れたみたい右腕を下げた。 「バランスが悪いね」  そう言って、美月は左腕にもパンチを当ててきた。おしゃべりな美月にはめずらしく、会話よりもじゃれ合うことが多かった。  目的地は茅ヶ崎のサザンビーチ。砂浜は灰色で残念な曇り空。風はどうやら味方となってくれて、運んできた冷気が美月の体を冷やして海星と寄り添って歩いた。 「どうしてこんな寒い時期に海?」  昨日いくら海星が聞いても美月が訳を教えてくれなかった疑問。明日になればわかるってもったいぶって、知ったら海星が泣いてしまうって茶化していた。 「けじめをつけるためかな」 「なんの?」 「昨日までの弱い自分に」  美月は海星から離れて海と向かい合った。初売りのSELLに2時間並んで手に入れたコートのポケットに手を突っ込む。気取った女を演じて、長い髪をわざと風に泳がせた。 「かっこいいね」  求めに応じて海星が茶化すと、何やら企んだ顔して笑みを浮かべる美月。これまた初売りで手に入れたマフラーを脱いで海星に手渡すと、見せつけるようにコートの第一ボタンを外して首の後ろに手を回す。取り外したのはネックレス。それを拳の中に収めると、 「バイバイ」  バドミントンのスマッシュのフォームでネックレスは海へと投げられた。ライナー性で突き刺すように着水。もはや見えるはずがないのに、海星は行方を追ってしまう。簡単にあきらめがつくような金額じゃない。 「寒いからマフラー巻いてよ」  あっけらかんとした美月が海星の視界を遮るように立って、顎を上げて急かしてくる。何かを企んでいた顔が曇り空を映したように陰っていた。海星がマフラーを広げると灰色の砂浜にエメラルドグリーンの箱がポトリと落ちた。白いリボンが巻かれている。渡したときのままだった。 「ごめん。やっぱつけられなかった」
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