新しい〇〇

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 まだら雲が浮かぶ空は、まだ寝ぼけたような白色。太陽が働き出すまでは、もう少しの2月の朝。美月と海星は駅の先頭車両で2人きり。  出発までの15分間が邪魔者の現れない2人の専用車両。ドアさえ閉まってくれれば言うことがないのだけれど、吹き込む風を口実に3人掛けの座席へ美月を追いやって、通学鞄を2両目に面した窓の出っ張りに置けば、2人の顔くらいだったら遮れた。 「目をつむってよ」  そんな風に美月を戸惑わせる海星。本当の目的を自分の鞄の中から取り出して、美月の太ももにそっと乗せた。手のひらサイズの長方形の箱は、エメラルドグリーンに白いリボン。目を開けた美月はそれだけで中身がわかって、眉間を寄せた。先月、美月が冗談でせがんだネックレスは、高校生には不釣り合いな金額だから。 「ごめんね」  海星は冗談だってこともわかっていたし、美月がそんな顔になるのもわかっていた。これはただの自己満足。  美月は部活も塾もあって休みなんてほとんどない。比べて海星は、たった1か月で退部をしてから間もなく2年。その有り余る時間が後ろめたくて、プレゼントの金額を吊り上げた。それはバイトなりに頑張っていることのアピールであって、去年、海星の独断で選んだネックレスのリベンジでもあった。 「売ったらいくらになるかな?」  それは美月の冗談。箱を開けずに鞄にしまったのは校則で禁止されているから。この場なら誰に見られることもないけれど、万が一を恐れた美月の姿は、海星としても嬉しかった。  次のデートで身に着けると約束して、ドアが閉まって次の駅まで2人きりが確定すると、1度だけキスをした。乾いた空気と違って、美月の唇はグロスで濡れて、薔薇が香った。  多忙な美月を独占できるのは1駅分。ドアが開けば時間切れ。流れ込んでくる人の名前は知らないけれど、どれも顔を見知ったいつも通りのサラリーマンたち。その中に名前も顔も見知った女子がいた。加恋だった。
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