05 エピローグ

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05 エピローグ

05 エピローグ  宗教的に生まされたのは女で、現実に造られるのは男である。また、理想的な環境下ではメスだけで群れが成り立ち、逆にオスが必要とされるのは環境が荒れたときだ。それをどこで聞いたか覚えはないが、ふとどういう意味か知りたくて調べたことがある。  創世記においてアダムの肋骨からイブが生まれたと書かれている一方、人の性別は女性が持つX染色体に、男性のY染色体が備わることでオスに成長する。つまり、神話とは逆に男性が作られるのだ。自然界に於いてもメスが単為生殖を成し、自らのクローンだけで群れを作る例は少なくなく、身近な生物で言えばミジンコがいる。彼女らは生存危機が迫ったときにのみ、休眠卵と呼ばれる卵を作り、オスを介した遺伝子の交雑を行い、環境に抗おうとする…極論を言ってしまえば、世界にオスが不要だと知ったとき、夏樹は殊更に自分の存在意義を疑った。  肌が弱いこともあり、夏樹は真夏のときでさえアームカバーなどは欠かせない。端から見れば日差しを気にしなくても良いだろう屋内や夜でも着けている。女装し、一見すれば、その身長を除けば女性にしか見えないにも関わらず、あの女子高生が変な格好と指摘したのは、ファッションにそぐわない場違いなそれにあったと想像された。案外、今時の女子は自分とは違う、本当のセンスを持ってるのかもしれなかった。  浴槽から上がると、湯気に隠れた姿見の鏡に夏樹の体が映っていた。普段は意図して目を背けることが多いものの、今日はじっくりと観察した。体毛の薄い体。脂肪とも言い難い、僅かな膨らみを持つ胸。体格の割りに小さい男性器。そして四肢に付いた傷や火傷の痕。自分が昔、性的な虐待をされていたことを示すそれらの数々に、久しぶりに目を向けた夏樹は、その小さい男性器も縮こまるような悪寒に体を震わせた。  物心付く前に虐待は始まっていた。父は今で言えば専業主夫の肩書きもあっただろうが、実際は無職のヒモ。家事こそこなしていたが、母の手前、やらざるを得ないという感じだった。虐待のきっかけはストレスだと言われている。世間の目にさらされ、後ろ指を指される中、頼るしかない母に覚えた劣等感の捌け口が、どこかしらその面影を残す夏樹に向くのは当然の成り行きだったと。  最初は感情的で、きつい怒り方。それが不合理なものへと変わると、次は痕が残らないような暴力に発展した。この頃は母の仕事が忙しく、家庭への関心は少なかった。大人しく、言うことを良く聞くくらいにしか思わなかったのかも知れない。そんなすれ違いは家庭内別居を進め、母の出世と出張と重なり、事実上の別居に至った。それでも今まで家庭を鑑みれなかった自分よりも面倒を見れる父の方が良いだろうと、夏樹は父のもとに残された。  母からの生活費や養育費が振り込まれているとは言え、父も働く必要があった。暫くと無職だった父にとって、仕事場でのストレスと、子供がいるが故に募っていく色々な欲求が、遂には夏樹への性的なイタズラ、暴力へと変わるのにそう長い時間はかからなかった。  触る。  撫でる。  弄る。  舐める。  咥えさせる。  指を入れる。  捩じ込む。  繰り返す。  これはいけないことだと理解しつつも、恐怖や苦痛、快楽や依存など、適当な言葉が見付からない様々な感情に翻弄されていた夏樹は、クラスメイトの女子に初潮がきたと言う男子の言葉を聞き、家出しようとした。  だが、小学生ができることは少ない。結局はベクトルこそ違うものの、同じような行為を求める小児性愛者に匿われ、行方不明となったのが、数年前のことである。 捜索願いは出ていなかった。保護されたのは、その男が麻薬取り締まり法で現行犯逮捕されたからだ。自宅を訪れた警察に保護され、身元が調べられると、父は借金を重ね、その取り立てに耐え兼ねて自殺していた。母は再婚していたせいか、夏樹の保護を拒むような形で施設に預けただけで、一度も会いに来ることはなかった。それから暫く施設で過ごした後、遠縁の親戚を名乗る一二三に引き取られ、今に至る。  「夏樹ぃ!」  リビングから一二三の声が届いた。  「早くしないと始まっちゃうよ!」  今夏のドラマが中盤のターニングポイントを迎えようとしている。それを見過ごしたくない。そんな些細な理由で、夏樹はまだ生きていられた。  「今行く!」  一二三を、父やあの小児性愛者の男とで区別する明らかなものはあまりない。男か女か。と言うくらいである。では、母と一二三を分けるものは何か。家族か他人か。だが、今はそれも逆転している状況だ。  性別にしろ関係性にしろ、そんなものは些細なことで決まり、変化する。だからこそ夏樹は自分の存在意義がずっと見いだせずにいた。
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