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01 出会
01 出会
本当に遠縁の者なのか疑わしいものの、雨宮一二三を後見人に立て、彼女との共同生活から早くも半年以上が経とうとしている。最初は早く自立したいとの想いから、香川夏樹は高校への編入を断っていた。今さら。と言う思い。また、一二三に面倒をかけたくないなどの理由でアルバイト優先に考えていたが、一二三の説教と応援もあり、折衷案として夜の定時制高校に通うことに夏樹は了解したのだ。
夜の定時制の学校に来る面々は少なからずの事情を抱えている。夏樹と同じように昼間は働いていたり、昔、高校に通えなかったと言う老齢の方がいたり、如何にもな不良やヤンママがいたりと、教室には老若男女が十数名といた。見た目に問題がある人物も身受けれるも、授業態度は皆一様に真面目である。得手不得手がハッキリしているので自ずと助け合う関係になり、早い段階で仲良くなることもできた。恐らく夏樹も含め、日中の学校に行っていたのならば爪弾きにされていたかもしれない面々も、ここでは等しく学生だった。
そんなある日の事だった。草臥れた様子の教諭が新しい生徒が入ってきたと夏樹達に報告した。誰が来ようと疎外されることはないと知りつつも、やはり学生と言う役に嵌まっているからか、クラスメイトの誰もが性別を気にし、年齢を推し測り、ここに来るに至った理由を想像しているようだった。
夏樹もご多分に漏れず、ひとり妄想していたものの、出来れば同年代であれば、との期待はあった。仲が悪い訳ではないものの、クラスメイトの殆どが年上、一番若くても十近く離れている。プライベートで連絡のやり取りはあっても、どこかに溝を感じずにはいられないことも多かった。日中に用事があるからこそ、この教室にいるわけだが、誰かと遊びたいと、ふと思うこともあり、やはり同年代の仲間が欲しい気持ちも強くあった。
「では新しい仲間を紹介する」
仲間と言う言葉はあまり日常的に聞かれない。夏樹のイメージでは、チームワークを重んじるコミュニティをたまにそう表するくらいだろうか。少なくとも軽薄な例え以外では、漫画やアニメで目にしたことがあるだけで、夏樹は生まれてから一度も使ったことのないこの言葉も、なるほどこのコミュニティを表すには適当だと思えた。
仲間と前置きされると、先入観こそ払拭されないものの、相手が誰であろうと受け入れようと思う、寛大な心構えが一方で出来上がる。きっとそう思っているだろう皆の視線が向けられる中、教室の扉が開かれたそのとき、教室は静まり返った。
「初めまして。宇宙飛行士でヴァンパイアの日向百合です!」
奇をてらう挨拶のつもりか、漫画かアニメのキャラクター宜しく突拍子のない内容が百合から聞かれたものの、教室には失笑も苦笑も、況してや嘲笑も起こらなかった。あぁ、いじめられてここに至ったのか。と言った同情が笑いを控えさせていたわけでもない。本当に宇宙飛行士と思わせる格好を百合がしていたのだ。
「えっとぉ、…面白くなかったですか?」
面白いか面白くないかで言えば面白くない。ただ、宇宙飛行士を彷彿とさせる格好……いや、その異様な姿に目を奪われ、冷静に見ることができなかったものの、よくよく観察すれば、百合の格好は宇宙服と言うよりはスキーウェアのような厚ぼったいスーツを着込んでいる。頭はフルフェイスのヘルメットを被っており、手には日傘が握られていた。バイザーが開かれた隙間には、赤い色の可愛らしい顔が見てとれる。
「あっ、私のこの格好なんですが…」
フルフェイスのヘルメットを脱いだ百合が釈明した。
「私、色素性乾皮症と言う病気でして、ま、その簡単に言うとですね、光アレルギーみたいなもので、紫外線とかにすごく弱くて、日に当たると皮膚が爛れたりするんで、日中、外に出なくちゃいけないときにこれを着るんです。UVカットのクリームとかも塗るんですけど、完璧じゃくなくて、だから、今日も顔が赤いんですけど。いや、夜はクリームだけでいけるんですが、ちょっと日中にどうしても用があって、それで持ってて、あ、これを着て行ったら面白いかなって」
気まずそうに頭を下げた百合からは、真面目なひととなりが窺えた。教諭が補足するところによれば、夏樹と同年代のようだ。スーツを脱いで、改めて教室に戻ってきた彼女は一回り以上小さくなっていた。夏樹と比べれば頭を二つくらい小さく見える。
「では、席は年も近い香川君の隣にしますが、皆さん仲良くしてください。それでは授業を始めます。日向君も席に着いてください」
焼けた顔を真っ赤にした百合が夏樹の隣の席に腰を下ろした。
「よろしくお願いします。日向百合です」
「こっちこそよろしく。分からないところがあったら聞いてね。皆が得意な教科を持ってるから」
にっこりと微笑んだ夏樹に百合も笑みを返した。顔が腫れているせいか、童顔に輪をかけて幼く見える。あまりジロジロと見るのは失礼と分かっていたが、やや爛れた皮膚は痛々しく、百合の可愛さを損なわせているようだ。今までは普通の学校に通っていたのだろうか。どのように生活しているのかなど疑問が浮かぶ。クラスメイトは諸事情あって日中の学校に行けない、行かなかった者が殆どで、彼女のように根本的に難しいなどの原因を抱えている人は初めてだった。
「私、社会科は好きなんですよ。歴史とかは特に」
百合なりに気遣いか、会話のきっかけをくれるも、夏樹は返答に困った。
「そうなんだ。でもね、日向さん、授業始まるから、お話は後で」
授業を始めようとする教諭の静かな眼差しに気付いたこともあり、夏樹は人差し指を唇の先に宛うと、百合に静聴を促した。
「それと私は夏樹でいいよ。同年代でしょ。だから名前でいいよ」
正確に言えば百合の方がひとつだけ上であるが、この教室内に於いて一歳違いなど誤差の範疇である。
「じゃぁ、私も百合で。これからよろしくお願いします。夏樹さん」
「よろしく、百合さん」
再び微笑んだ二人は、言葉こそ飛んで来なかったものの、不自然に繰り返された教諭の咳払いを聞き、さすがに次はないかなと改めると、黒板に向かって集中した。
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