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「畑山くんは総務部へ異動させます。欲望のまま奥様のような善良な一市民に多大な苦痛を与えた。人権の尊重は我々ジャーナリストにとって最低の責務です。ジャーナリズムは一般大衆のためにある。畑山くん、君のやったことはジャーナリストの風上にもおけない。分かるね?」  ジャーナリスト。ジャーナリズム。人権の尊重? 私の仕事はゴシップ写真週刊誌の編集者。一般大衆の欲望を掻き立てるのが私の仕事よ。 「畑山くんは副編集長です。じきに私のポストに座ることも決まっていた。総務への異動は大変な不満でしょう。……奥様。これで手を打って頂くという訳には参りませんか? もちろん金銭的な補償はいくらでも請求して下さい。妊娠出産という、女性の一番デリケートな時期を踏みにじられた。畑山くんにも、その罪深さぐらいは分かっているでしょうから」 「……そうですわね。私も正当な主張をしたいだけで、『威力業務妨害』なんてつもりは微塵もありませんから。手打ちの条件を飲みます。ただし今後一切うちの主人には会わないこと! 主人にはお灸は据えますが絶対に離婚はしません。それなりの金額を請求させて頂きます。さあ美花さん、帰りましょう!」  ――……私の目には入っていなかった。応接スペースの端、パーテーションの影にあった大きな背中。 「はい奥様。坊や、ぐっすりおやすみになりましたわよ。本当に可愛い赤ちゃん。子供は女の、戦利品ですものね……」  私を見てくすりと笑う。でっぷりと太った身体で赤子片手に歩み寄り、顔を寄せ耳元で、囁くのは。 「秀樹には、専業主夫になってもらうわ。最初からそのつもりだった。子供が小学生になったら復帰しようって。スタジオを借りるお金も貯まった。ブログを続けて主婦層の心もがっちり掴んだ」  「……み、美花。秀樹は、秀樹さんは……」 「こっちも証拠を掴んだわ。ありがとう結花。不貞を働いた秀樹はもうあたしに意見なんて出来ない。あたしから逃がれられない。……結花、あたしね」  落雷が、私を直撃する。 「子種をくれる従順な家政夫が、喉から手が出るほど欲しかったのよ」
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