8

1/2
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ

8

 ブタとセックスをしたのは生まれて初めてだった。ブタもそれなりのことをするのだから私は驚いてしまった。  『うだつの上がらない営業マン』であるブタにはきっとこの後のアポイントもなかったのだろう。私に何度も攻められベッドの上で寝入ってしまった。私はその寝顔をスマホで撮影する。これで、ブタの首には鎖がついたことになる。  入念にシャワーを浴びた。ブタのすえた体臭の向こうに垣間見える、双子の妹の気配を消すために。支払いだけはしてやってから、ホテルを出る。  妹はそろそろ奥様とご対面している頃だろうか。予定日を過ぎて帝王切開になった奥様は、切られた腹と裏切られた心の両方を痛めていることだろう。子供なんか腹に入れるから裂かれる羽目になる。身体には一生の傷が付く。もう女じゃない。腹に傷がついた女は、『母』となりその裸は男を欲情させることはなくなってしまうのだ。  ブタの鎖は少しずつ締め上げてやれば良い。ブタは妹を捨て私にも捨てられる。楓花を片親にさせてしまうことは偲びなかったが、まあ強く生きていってもらうしかない。   何もかもが、思惑通り。  私は編集部に取って返す。もうすぐ私がその頂点に立つあの男の戦場。  そこで辣腕を振るう私はどんなに輝いて見えることだろう。想像するだけで身が震えるようだ。何もかもを壊したその先には、輝かしい平原が広がっているに違いない――。 「あなたが、畑山結花っ?」  編集部の扉を開くと、応接スペースに見たことのある顔の女がいた。立ち上がると私に詰め寄る。振り乱した髪。だらしなく太った身体に布を被ったようなワンピース。その鬼気迫る表情に、編集部全体が凍りついているのが分かった。 「証拠は、上がってるのよっ! 夫とのラインの一部始終! 編集長さんに見て頂いたわ! ネットに流してやるっ。『週刊普遍』の名前を、めちゃくちゃにしてネットで大炎上させてやるっ!」  その向かいには余裕すら浮かべた表情の編集長。ヒゲの顎を指先で何度か擦りながら、芝居がかった様子で大きな溜め息をつく。 「……まあまあ奥様。落ち着いて下さい。本来、そのような主張や職場に乗り込んで来られるという行為は『威力業務妨害』に当たる可能性もあるんですよ。畑山くんにもうちの雑誌にも、一応メンツってものがあるんでね。……でも、お怒りはよく分かりますから」  にやり、と笑う。私は、震撼する。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!