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 待ち合わせは新宿の高級ホテル。最上階の会員制のバーに彼を呼び出す。約束の時間は、夜10時。  ここは会員制だから誰でも入れる訳じゃない。だからこんなデートにはぴったりなのだ。既婚者との、淫らでスリリングな逢い引きには。  現れたのは桜井由之(さくらいよしゆき)という男。大学時代の同級生で、今は有名な商社に勤めている。  見た目が精悍で学生時代には大変にモテたプレイボーイだ。一昨年結婚して落ち着いたかと思いきや、やっぱり私とこんなことをしているのだから人間の本性というのは簡単に変わるものではないらしい。 「……悪いね、遅くなって。なかなか仕事が終わらなくて。働き方改革なんて馬鹿な政策のおかげで、部下の不始末を全部被る羽目になっちまってるんだよ。ゆとりやらさとりやら、やる気のない連中から残業を奪えば生まれるのはミスだけだ。ほんっと、やってられないよ……」  カウンターに腰を降ろすなり、由之はそんなことを言う。疲れた顔も色っぽい。私はこの後の情事を想像してはやる気持ちに大人の仮面をつけて、ゆったりと由之にねぎらいの言葉をかける。 「いつも、大変ね。うちもそう。若い子の仕事への姿勢には驚かされてばっかり。『仕事は生きていく糧を得るために仕方なくするもの』なんですって。夢もなけりゃ野望もない。ホント、あの子達何が面白くて生きてるのかしら。他人事ながら不思議で不思議でしようがないわ」 「多分四六時中握ってるスマホでできる、無料ゲームかなんかだろう。何も創り出さず無駄に時間を浪費する。たまにハマって課金して、虚構の世界の中で偉くなった気になって大満足だ。最近じゃセックスさえゲームの中で済ませるらしい。馬鹿な世の中だ。そりゃ、少子化に拍車はかかるし国力も衰えるわけだよな」  由之は思い切り意地悪な口調で皮肉を吐く。私はぞくっとする。この男はどうしてこんなに私を喜ばせる言葉を知っているのだろう。社会を斜めに切り取る由之の皮肉が、私はとても好きだ。権力にも大衆にもおもねらない反骨心のある野心家。由之はまるで、私をそのまま男にしたような存在なのだ。私の精神的な双子と言っていい。
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