プロローグ

5/5
前へ
/50ページ
次へ
 この時、俺は僅かながら死を意識した。階段から卒業生が転落して死亡だなんて、カッコ悪すぎる。それだけは避けたくて、何とか体を動かそうとするけれど、どうしても動いてくれなかった。やがて、目の前が真っ暗になり、俺の意識は途絶えた。  次に目が覚めた時、俺は教室にいた。机に突っ伏して眠っていたようだ。  咄嗟に「あれ?」と思う。確か俺は、階段から落ちて気絶したはずだ。それなのに、なんで教室にいるのだろう。心なしか、体に違和感がある。確かに俺の体ではあるけれど、何というか、心はそのままで体だけが戻ったような感じになっている。  教室全体を見渡してみる。どこもおかしなところは無いのだけれど、やけにそわそわして落ち着かない。それは、窓の外の景色にも言えることだった。俺が知っている景色ではあるけれど、よく見てみればどこかが違う。何が何だか分からなかった。  そんな俺に見向きもせずに、周囲の連中は騒ぎまくっている。訳も分からずにあくびをしていると、クラスメイトと思わしき生徒が二人、俺のもとへ歩いてきた。一人は体育会系な男で、もう一人はメガネの良く似合うショートヘアで黒髪の女子。 「ったく、いつまで寝てんだよ拓真」  男の方がそう言った。その時、俺の脳裏にあるものがよぎった。それは、焦がしたトーストの生地のように全体が黒く染まっていて、口に入れると吐きたくなるくらい苦い、そんな思い出だった。 「ホント、拓真って夜行性だよね」  間を置かずに女子の方も言う。さっきまであやふやだった全てが、ここに来て一気に現実味を帯びてきた。  間違いない。俺は、過去に戻ってきた。  あってはならないはずの現象を、俺が代表して体験しているのだ。  盆休みの半ば、俺は、過去に戻ってきた―――。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加