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◇
築十年ほどのアパートが建っている。
その向かいにあるのは道路、そして石田家であった。健彦が両親と兄たちと暮らす一軒家が建つ。
帰宅した健彦は、母から高校受験の話をされた。
「あー、まだ先のことだし」
鬱陶しい顔をして拒むと、母は呆れて。
「そんなことはないでしょ」
健彦は自室に入った。隣室には五歳年上の兄がいる。
兄は大学に進学するための受験勉強中。難関大学の法学部に入りたいという彼は学校で勉強し、家に帰ってきても勉強。午後は八時から十時まで塾に行って勉強。毎日、きちんと努力している。
それに比べて俺は、と健彦は息をのむ。まるで努力をしていない。
そもそも教科書を開いて勉強をするのが嫌いなんだよな。それにうちは裕福ではないだろ。塾に行ったら、お金が掛かるし。
自主的に勉強をしなくてはいけないのだが、気力が上がってこない。
明確な目標がないからだ。将来は何になりたいのだろう。
いいや、これは言い訳かもしれない。そもそも、教科書の内容がさっぱり頭に入ってこない。これでは駄目だと分かっているのに。
せめて、赤点だけは取らないように頑張るしかない。溜め息しか出てこない。
健彦は窓の外を見た。
向かいのアパートに住む人が、コンビニの白い小袋を提げて帰宅しているのが見えた。玄関を開けている。
先ほど擦れ違った女性だった。
健彦は彼女と目が合う。
彼女は明らかに健彦の顔と、道端でのやり取り覚えている顔をした。
最初は困惑の表情を浮かべたのだが。次は。
笑った。
夕陽に照らされる彼女の姿は、柔らかな山茶花が咲くように華やか。こちらに向けられた笑顔には大人の艶を感じる。
健彦は素直に綺麗だと思った。
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