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「この桜の木、よく登ってたよね」  仔猫の頃、木のてっぺんまで上がったのはいいものの、降りられなくなって、大騒ぎになったことが一度ある。さすがに懲りたのか、それ以降、あまり高いところまでは行かなくなった。けれど、木登りは好きらしく、よく木の枝に座って、どこか遠くを眺めていた。そんなミケ子さんを見ているのが好きだった。 「桜が咲いたら、お花見しようね?」  約束だよ、と喉まででかかった言葉を飲み込んだ。ミケ子さんはあまのじゃくだから、約束なんてしたら、わざと約束を破ってしまいそうだ。桜が咲く前に姿を消してしまいそうだ。そんなのは嫌だ。 「ミケ子さんの美貌と桜の花は、すごくよくあうよ」  長生きしてね、ミケ子さん。  年単位なんて望まないから。一日でも一時間でもいい、一秒だっていいから。お願い。  ミケ子さんがうとうとし始めたので、私は揺らさないように気をつけながら、母屋のほうへ向かってゆっくりと歩き始めた。明日も明後日もこうやって散歩ができますようにと祈りながら。
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