第一章 「つついづつの恋」

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時は三月弥生…。 春を運んできた潮風が、私の元へあなたを連れてきてくれました。 御所で初めてお会いした時の胸のときめきを、どうしたら伝えられるでしょうか。 きちんと正装してお父様の前で両手を付き 「清水冠者源義高でございます」 とご挨拶された時の、はりのある凛とした声を、私は今でも鮮明に思い出すことができます。 義高様は少年にしては背丈が高く、よく日に焼けていて、十一歳というお年より大人びて見えました。 木曾の山でのびのびとお育ちになったからでしょうか。 手や足が大きく、腕も脛も真っ直ぐに伸びて、どこから見ても立派な若武者です。 けれど性格はおとなしく冷静で、けして大人に逆らわず出しゃばることもありません。 大姫のいいなずけであることも承知しているようで、私の事も一人前に扱ってくれました。 小御所で一緒に過ごせる日は、私はお傍を離れませんでした。 姫のお婿様なのだから、と言って一緒に並んで膳を取り、女房よりも先に着物を選んだり、坪や庭先を案内したりと世話を焼きました。 最初は言われるがままに私の言う事を聞いてくれた義高様でしたが、時々ふっと姿が見えなくなることがあり、私は小御所中を探し回りました。 小半時もするとひょこっと戻ってきて「ごめんよ」と言う義高様を怒るわけにもいかず、手を引っ張り上げてまた貝合わせの相手をさせたりしていました。 義高様はいつも優しくて、人形遊びでも双六でも、嫌がるそぶりも見せずに私が飽きるまで付き合ってくれました。
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