第一章 「つついづつの恋」

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「ここは暖かいね。木曾ではまだ桜は咲いていなかった」 「そうですか。こちらはもう散り際です。桜が終われば菖蒲や杜若、梅雨時には紫陽花がとても綺麗ですよ。お父様が八幡様にお庭を造ったので見に行きましょうね」 「それは楽しみだね。ここでは何もかもが新しくて美しい」 「木曾も美しいのでしょう?」 「うん。だけど山の中だから、こことは全然違うよ」 「お山の上なら見晴らしがいいでしょうね」 「うん。でもここの見晴らしも素晴らしい。ほら」 そう言って義高様が指差した先には海が見えました。 「あれは、由比の浜です」 「由比の浜かぁ。木曾には海はないんだ。ここで見るのが楽しみだった」 「今度、海に行きましょう。馬ならすぐですよ」 「海へ?行ってもいいのかな」 「もちろんいいに決まってます。姫がお母様にお願いしますから」 「ほんとに?」 「はい!その代り、姫も一緒に連れて行ってくださいね」 「あぁ、いいよ」 「指切り!」 そう言って差し出した小さな小指を、義高様は自分の小指にからめてくれました。 ひらひらと舞う桜の花びらが、二人の最初の約束の証人でした。
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