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涼一の返事も待たず、鈴木は話し出した。「俺にもさ、一応孫がいるんだよ。歳どころか顔も性別もわからねえんだけど」
煙草をふかし、鈴木はハッと笑った。
「絶縁されたんだよ。女房と娘に」
大口を開け、皺だらけの顔を更に皺だらけにして、鈴木は笑う。まるで世の中の嫌なことなど全て吹き飛ばそうとでもしているような笑顔だった。
「まあ当然だわな。自分たちを捨てた親父が十年近く経って薄汚ねえ浮浪者になって帰ってきたんだからさ。向こうはとっくに離婚手続きもして新しい家庭作ってんだ。もう顔見せんなって大泣きで万札叩きつけてきてさ、塩まいて終わりよ」
そう言いながら、煙草を口に咥えて塩をまく真似をした。あまりに大袈裟すぎたせいでポーチから蝉の死骸が落ちると、「おっと。仏さん落としちまった」と笑ってのんびり拾い、またポーチの上に置いた。伸びすぎたせいで先が丸くなり、指に食い込みそうになっている分厚く黄ばんだ爪が嫌でも目に入る。
「俺たちはこの蝉と同じよ。生きてるときは厄介もんで、最期は誰にも看取られねえで、最期は誰にも知られずに固い地面の上で死ぬんだ。そういう生き方を自分で選んだんだよ」
抜け出せないのではなく、選んだ。それが本当なのかは分からないが、自分で選んだ生き方だと言うことは、鈴木の最後のプライドなのかもしれない。
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