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そうでなければ……そうして身を預けて、悲鳴と涙を搾り出して貰わなければ、私は泣けないのに。全身がじんじん痺れて熱く湿った吐息が止めどもなく漏れて、窮屈で、もどかしくて……溶け落ちて流れてしまいそうな肉を縛り上げて定めてくれるひとを……彼を、求めてやまない。
汗で額にぺったりと張り付いた前髪が鬱陶しい。縋り付くように扉に手をつき項垂れて、わななく唇を噛み締める。光景が痛くて、記憶が痛くて、涙も出ないくせに泣いて、しまいそうで――
(――泣いて、いいですか)
幾度も幾度も彼に問うて、許されてきた……けれど今はあてどのない問いに答えはなく……代わりに彼女が彼の頬を張る乾いた音が響いた。ひどく気分を害した様子で立ち去る彼女を、彼はそのまま見送って、がしがしと頭を掻いて……何事か呟いてスマートフォンを手に、どこかへと電話を――
ぴりりりりりっ、ぴりりりりりっ、ぴりりりりりっ
その音は、彼の部屋、クローゼットの中。
ぴりりりりりっ、ぴりりりりりっ、ぴりりりりりっ
暗がりに潜んで一部始終を覗き見ていた、浅ましい女のポケットから。
ぴりりりりりっ、ぴりりりりりっ、ぴっ――
キャンセルされた発信画面を見つめて数秒……彼は音源、クローゼットへと一歩を踏み出す。迷いない足取りで、距離を詰める。私には量ることすら出来なかった二人の距離を。光を閉ざして遮っていた扉にさえ、躊躇いなく手をかけて。
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