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六
「昭政くん、気がついたのね。よかった!」
目を開けると、くしゃくしゃに泣き腫らした西脇奈々子の顔があった。後頭部の感触からすると、膝枕をしてくれているようだ。
「河童が……助けてくれた?」
まだ意識がはっきりしない昭政の呟きに対して、奈々子は答えた。
「河童は本当にいるかもしれないけれど……貴方を助けてくれたのは、あの樹だったわ」
川の方に顔を向けると、川岸に生えた一本の樹があった。当然剪定などされていないから、枝も葉も伸び放題で、その先端は水面の下まで浸かっている。
昭政の姿が消えた後、川に入って溺れてしまったのだと思い当たったが、奈々子にはどうすることもできなかった。やがて、ばしゃばしゃともがく昭政が水面に浮き上がってきて、樹の枝を掴んだという。
「木の枝につかまりながら岸の上に歩いてきたところで、昭政くんは倒れちゃったの」
「そうだったんだ……『幽霊の正体見たり枯れ尾花』とは言うけれど、この場合は『河童の正体見たり樹の枝』だね」
(そうか、じゃあ子供の頃見た河童も、実は樹の枝だったのかもしれない。)
奈々子は首を横に振って、いつものように昭政の顔をじっと見つめてから、言った。
「それでも私は、“昭政くんが見た河童”は本当にいると思うわ。河童が絶対にいないという証拠だってないんだもの」
「ななちゃん……」
昭政は、今一緒にいるのが奈々子で、本当によかったと思っていた。
「昭政くんの実家、すぐ近くなんだよね?濡れた服も着替えた方がいいし、私もご両親に挨拶したいから、行きましょ。」
再び奈々子に手を引かれ、今度は堤防の方に向かって、二人は立ち上がった。
奈々子は一瞬川の方に向き返り、笑顔でバイバイをするように軽く手を振ってから、歩き出した。
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