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揖斐川河童紀行
一
「俺、子供の頃、河童を見たことがあるんだ」
宗宮昭政は、唐突に言った。
「え?」
いきなりの発言に対して、聞き手の西脇奈々子は反応に困っている。
二人の通う大学構内にあるカフェでの慎ましやかなデート中。たまたま会話が止まってしまい、何故か出てきたのが、河童を見たという過去の記憶だった。
奈々子は目を丸くして昭政の顔を数秒間じっと見つめた後、笑いをこらえた様子でおもむろに聞き返した。
「か、河童って……あの頭にお皿のある?」
「うん、あの背中に甲羅のある」
(お、意外にウケたのかな?)
昭政は話を続ける。
「俺の実家は大きな川の近くでね。小さい頃は川で釣りをしたり、友達と秘密基地を作ったりして遊んだんだ」
「わんぱく坊やだったんだね」
「まぁね。で、川で遊んでいる時にたまたま見たんだよ。大きな河童を」
「今でもいるのかな?」
「む、昔に比べたら環境破壊とかの影響で少なくなったと思うけど、きっといるよ」
昭政はギンヤンマかニホンウナギのようにコメントする。
「じゃあさ、今度一緒に見に行こうよ」
奈々子がにっこり笑いながら提案した。
岐阜県西濃地方に位置する揖斐川町には、その名の由来となった一級河川、揖斐川が流れている。
揖斐川は、近隣の住人達に恵みを与える一方で洪水などといった災害ももたらしてきた。
いずれにせよ、この川は住人たちの生活と深く密着した存在だった。
その顕現化の一つが、河童伝説である。
代表的なものに、大怪我をした子河童を助けてやったところ、そのお礼に親河童が大雨による洪水を予言してくれたという『助けた子ガッパ』の伝説などがある。
この伝説は、毎年八月の『河童祭り』(現在では『いびがわの祭り』)の由来にもなっている。
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