悪は去って

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 私は頭を抱えて必死に胸打つ言葉を探したが、残念なことに何も思い浮かばなかった。  当然だ。私はずっと悪役を演じた来た俳優なのだからヒーロー役の演者の気持ちなど解るわけもない。己のふがいなさに丸めて握っていた台本で自らの額を叩いた。  その時、目の前の台本をじっと見つめながらある閃きを思いつく。  この台詞ならば、彼は再び自信を取り戻しきっと囚人役も引き受けるのではないだろうか。  だがこの言葉は私が言っても効果が無い。川岸君自身の口から言わせないと効果が無いのだ。  ずっと憧れていたヒーローの台詞。もうそんな物は必要ない。  私は悪の大御所だ。ならば悪役らしく彼の口からこの言葉を引き出して見せよう。 正義のヒーローを奮い立たせて来たのはいつだって、悪役なのだから。 「仕事を受けたくないというのなら、どうしてわざわざ私に相談なんてしたんだい」 「そ、それは……いい断り方を教えてもらおうと」 「違うな、何だかんだと言っても君はまだ迷っているんだ。新しい道で躓く事を恐れているんだろう?」 「なんでそんな事があなたに解るんでーー」 パイプ椅子から立ち上がって抗議しようとする新人を私は睨みつけて黙らせる。 こちらの迫力に押されてか、それとも図星だったのか。彼は気まずそうに視線を逸らした。     
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