悪は去って

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 そう尋ねると彼はしばらく押し黙り、やがてこう切り出す。 「菊川さん。僕はこれからも俳優としてやっていけるでしょうか」 「どういう事だ?」  暗い顔で打ち明けられたその言葉の意味が私にはよく理解できなかった。  川岸颯太の演技力は間違いなく本物だ。この特撮番組を通じて話数を重ねるごとに成長していき、今ではとても新人とは思えない迫力を出せるようになったと周りも認めている。    それなのに、彼は何をそこまで思い悩んでいるのだろうか。 「特撮番組の主演は芸能界の登竜門なんて言われてますけど、本当に成功した人なんてごく一部ですよね」 「どうした。いつも真っすぐな君らしくない発言じゃないか」 「毎週決まった時間に放送される特撮の主演は確かに注目を浴びます。でも、本当に大事なのは次の仕事でも結果を残せるかどうかですよね」 「何かあったのか」  川岸君の言う通り、特撮番組の主演は登竜門だと言われている。しかしそれだけで大成出来るほどこの業界は甘くはない。  経験を活かしきれず、次の仕事に繋げられなかったり結果を出せなかった者は次々と画面の中から消えていく。ここはシビアな世界である。     
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