悪は去って

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 しかし川岸君もそんな事は承知でこの道に入ってきたはずである。今の彼の口ぶりはまるで〝次の仕事が必ず失敗する〟と言っているようだ。 「先日、事務所に僕宛の仕事のオファーが来たんです。来年公開予定の新作映画に出ないかって」 「それはすごいじゃないか。新人俳優にオファーが来るなんて」  如何に特撮番組主演の経験があると言っても駆け出しの俳優に仕事の依頼などそうは来るものではない。これは明らかに川岸君の実力が認められている証拠だ。  俳優人生でこれほど良いスタートダッシュの切り方はない。にもかかわらず一体何が不満なのだろうか。 「……囚人の役でした」 「なんだって?」 「オファーの内容は、愛する家族を手にかけて冷たい牢屋の中で服役する囚人の役を演じることだったんです……」 「それは、何とも珍しい」  私は驚いた。正義のヒーローを演じた男の次の仕事は殺人犯を演じる事だったからだ。  普通、役のオファーというのは監督や脚本家が俳優の外見と演技の質から『キャラクターのイメージと合っている』と思われて初めて送られるものだ。  意外性を狙ったオファーもあるがそれはある程度売れている役者でなければ効果はない。     
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