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比率としては……確信がほとんどを占め、少しの意地悪とほんの少しの期待。
彼女は、おそらく俺とテーブルを隔てて座るだろう。……つい、先程まで避けていたのだから。わざと俺の横に彼女の皿とグラスを置いた。あちら側に座わり、後で皿とグラスを引き寄せるだろう。そう思っての意地悪だった。
彼女は、躊躇わずにストンと腰かけた。……俺の隣に。
ふわりと鼻先に彼女の香りが届く。この彼女の香りに包まれた部屋で、より強く。その香りが一瞬のものではなく、持続することに距離を認識し、胸が騒ぐ。
……こうなれば、立場逆転で……すぐに触れられる、いや、動けば当たってしまう距離に……この上ない自制心を強いられた。
紗が掛かった様な、彼女の柔らかそうな肌。それは何も綺麗に施された化粧のせいではないだろう。
止める間もなく、吹き出した酒に自分だけ逃げた事に申し訳なくなった。よくよく考えれば、着替えもない状況で、濡れたのが彼女だけで良かったのかもしれない。
彼女は、せっかくの装いが無駄になり、肩を落としていたけれど……。見られて良かった。普段のオフィスでの彼女も、着飾った彼女も、そして……おそらく……これで人前には出ないであろう姿の、目の前の彼女も……。
無防備な彼女の姿に、またしても親密な関係だと勘違いしそうになる。
彼女から視線を反らすと、“結婚予定日”そう書かれたカップが目に入った。
……俺の字……だ。
なぜ、そこに置いているのか。ただ、起きっぱなしにしていただけかもしれない。
「あれ、置いて下さってるんですね」
「え、はい。慰めてくださって……おかげで立ち直れたし、う、う、嬉しかったので」
慰めになっていたのだろうか。今思えば、あまりにも自分勝手に押し付けた約束。それを嬉しかったと、彼女は言うのだろうか。彼女の中に別れた彼の姿はどれ程残っているのだろう。
「あなたの為になったのか……今となっては……」
今となっては……俺の方かもしれない。あの約束にすがり付いているのは……。
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