番外編その3 それから……

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「まだ、間に合う」  今日から、生活が一変する。彼女、中心だ。  到着したその先で、案内図を確認するとフロアを横切った。だけど、手は離さない。 「あ、ねぇ……あの服可愛い……」  彼女はベビー服を指差したけれど 「そういうのは、まだ早い。性別分かってからでも」  先ずは、彼女。何より、彼女、だ。ウェアはまだ早いか。だけど……冷やすとよくない。暖かそうな靴下も買おう。もう、春だけど。腹巻き……買おう。……あ、こんなのもあるのか。手に取ってかごに入れようとすると 「もう……まだ、早いから! 」  そう言って棚に戻された。  ……あ、さっきの…… 「ビッグニュースって……これ? 」 「え!? あ、いや……由美が結婚……」  ……何だよ、それ。  それから彼女をじっと見つめる。 「……辛く、ない? 」  そう聞いた。 「……うん。全然。まだ何も」  そうか……それなら良かった。  あ、でも……自分の胸元のシャツを少し摘まみ、そこに自分の鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。……分からない。自分では。 「……臭くない? ……俺……? 」 「あはは! いい匂いだよ! 」  良かった。でも、いつ臭くなるのだろうか。言いにくいだろうから、こちらから、聞くことにする。  家に着くと、かなりの頻度で寒くないか、臭くないか確認してしまう。自分のそんな言動に、動揺しているのだと気づく。 「大丈夫だって! 」  そう言う彼女を、抱きしめた。  ……子供……俺の。俺達の。 「ありがとう、佳子」  そう言った。感謝。感謝しかなかった。俺は託すしかないのだから。 「何か変化があったら、すぐ教えて」  先ずは病院だ。評判のいい所。出来れば女医。は……なかった。 「ここか、ここ」  そう言って評判の良い病院のピックアップする。ここから通える病院と、里帰りして、産む病院。……これは、彼女のお姉さんに聞けばいいのだけど、念のため。あ、これだな。彼女は。食事の美味しいところ。  里帰りか。大丈夫かな……俺。  いや、俺の事など……一番どうでもいい。  それから…… 「会社には安定期入ってから報告。でも、体調によっては早めに」  表現し難い感情が次から次へとやってくる。紙上だけでなく、彼女との切っても切れない繋がりが出来たこと。お互いの子供。  歓喜、安堵、不安。ああ、でも俺より彼女の方が不安だろう。だから、不安は出さないように。  結局のところ、何も言葉が見つからず…… 「嬉しい……」  陳腐で、ありきたりな言葉。いや、でも……嬉しかった。震えるほどに。 「私も」  心から、そう思う。そう言ってふんわり、笑う彼女に。 「二人の時間も、あと少し」  そう言って、触れるだけの、キスを落とす。早い人だと、もうつわりがあるらしい。大丈夫かな?だから、舌は入れない。 「触られたくなくなったら……言って。あと……臭かったら」  そんな俺に、彼女はまた……ふんわりと笑った。 「生物(なまもの)も禁止ね。あと、これと……これも、出来れば避けて。ああ、でも……我慢しすぎてストレスもよくない……」  勿論、俺も付き合う。だけど、こうも、彼女だけに負担がいくものか。和食を作れるように……練習しようか。ああ、でも部屋に匂いがこもるか。  洗剤も柔軟剤の匂いも駄目だというし……水すらも匂うという……人も。水が匂う?となれば…… 「エアーウォッシュ……」  そんな洗濯機あったな。汚れは落ちるのだろうか。買うか。いや……待て……。  予定日……その事に気がついた。出産予定日は、11月だ。いや、俺達の……特別な日だ。 「はは! 」  その日を選んで出て来てくれるのだろうか。俺と彼女を繋ぐ、その日に。  愛を誓った……あの日と同じ……そんな日に。  いつか、思いを馳せた未来が……  ああ……。どこに持っていっていいか分からないほどのこの気持ちを、彼女ごと、包み込んだ。  ……嬉しい。 「愛してる。……勿論、お腹の子も」  いつか、思いを馳せた未来へ向かう  今以上の……幸せがある場所へ。
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