ショートストーリー

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 彼女がコーヒーを持って戻ってくると、確かにこの甘さにコーヒーがよく合った。彼女は 「どっちでも合いますね」  と、上機嫌で言った。 「はあ、でも良かったんですか? 私が二つ食べちゃって」 「ええ。むしろ、全部あなたに買ったのですが」 「三つは流石に多いかなと……」  彼女は恥ずかしそうに俯いた。ああ、ミニは食べ過ぎると言っていたか。そう思って店員から聞いた情報を彼女に伝えた。 「このサイズは三つで通常サイズのたい焼き一つ分だそうですよ」  なので、通常サイズ一つも食べていないことになる。 「ああ、どうりで、もう少しいけそうだと……」 「……」 「いえ、ちょうど良かったです」 「ふっ、また……買ってきます」 「いえ! もう! 」  彼女はそわそわと片付けを初めてしまった。 「あの、結城さん、たい焼きごちそうさまでした。美味しかったです」  彼女は顔を真っ赤にしながらも、にっこり微笑み、俺に礼を言った。 「いえ、こちらこそ。コーヒー入れて頂いて……ありがとうございました」  慣れないことはすべきでないが、彼女につられて俺も笑った。  彼女はそれに、先ほどの店員と同じ狼狽した表情で背を向けてしまった。  やはり、笑うなどというのは、俺には向いていない。だけど、悪くはない気分だった。  ──彼女は、俺にも距離を置かず普通に接してくれる。そんな人だった。
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