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――数日前の事だった。
「佳子、1か月……もしくはもう少し長くなるかもしれないんだけど、出張が決まったから」
「へ? 出張、一か月? 何で。出張? え、そんな。え、急だね? 結城さんの先ってそんない忙しい感じだった? なんか大きな事あったっけ、何で……」
「結城さん……」
彼は私が呼ぶ“結城さん”に不服そうに無表情で抗議した。結婚してから呼び名は結城さんから真臣さんに変わったんだけど、まだ慣れなくて動揺した時なんかはこうやってつい出てしまう。
「あ、えっと、真臣さん」
「うん」
慌てて言い直すと、彼はまた無表情から派生したようなかすかな微笑みで私の胸に打撃を与え、満足そうに頷いた。
見ましたか、今の顔。どんだけかっこいいんだって。この人が私の夫だと世界中の人に知らしめたくなる。あああ、信じらんない。信じらんないくらいかっこいい。
って、そそのかされてる場合じゃなかった。今は呼び名なんてそこまで重要ではなくて、だね。じっと綺麗な瞳で見つめてくる彼に、居心地悪くエヘと笑う。
「うん」
いや、うんじゃなくて。どういう事だ。せっせっと荷造りを始めた彼に驚く。
「え、一体いつから行くの? 急すぎない? 」
「……明日だけど? 早い方がいいし。荷物もそんなにいらないかな。ホテルじゃなくてマンスリー借りれることになってるから」
「あー、そうなんだ。それは、その方がいいね」
「うん」
や、だから、うん。じゃなくて。
「いつ決まったの? 」
「決まったっていうか、俺が行くって言った。その方が……いいかなって」
「へえ」
その方がいい?どういうことだろう。行き来するより効率がいいってことか、経費もその方がかからないってことなんだろうけど。そうなんだろうな。彼の短い言葉から状況を推し量る。
「電話、する」
「あ、うんうん! 私も。こまめに連絡するね! 」
握りこぶしをつくって伝えると、彼はまた「うん」と頷いた。
寂しいよ、とかないわけか、この人は。横目で窺ってみるけれど、彼からはそんな空気も出ずに平常運転だ。
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