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第5話 side yuki
それは、終業間近の妙なカウントダウンに始まった。
「3……2……1……」
小さな声の主をたどると、その人はガタッと立ち上がり、俺の向かいの席の女性を抱きしめた。
状況が掴めず、男たちで目を合わせる。大友が相原さんに耳を寄せる。大友が俺と吉良に向かって親指で数回自分の胸をつつくジェスチャーをした。
俺の向かいの彼女が、傷心であること。そして、それがおそらく異性関係であることを表した。
「さ、飲みにいきましょ!! みんなで」
相原さんの誘いに
「うわ、悪い俺、こんな時に今から出張前泊なんだわ」と、大友。
「俺も……接待」と、吉良。
俺は予定がなかった。しかも、今日の業務は終えている。しかし、自分は行くべきではないだろう。自分が行ったところで何も出来そうにない。気の利いた言葉の一つも浮かばない。
中条さん、相原さん2人がいれば十分だろう。それに……こういうのは女性同士の方がいいだろう。そう思って座っていると、鋭い視線を感じた。
そして、俺にしか聞こえないくらいの小声で
「お前、絶対行けよ」と、吉良。
「あぁ……、もう明らかな人選ミス……」と、大友。
結構な言われようだが、自覚はある。男女関係の話となると全くの戦力外だ。
「とにかく、いつも通りしゃべらなくていい。彼女の話を親身になって……聞くことに徹しろ。あぁあぁ、とにかく、とにかく、だ。全身全霊で慰めてこい」
吉良はそう言うと、俺の胸に拳骨を当てた。
……仕方がない。
「私は、ご一緒させていただきます」
そう言うと、彼女は少し涙の残る顔をあげ
「いやいやいやいや、滅相もございません。せっかく定時に上がれるのに……」
と、NOの意味を込めて顔の前で手を振った。……本当に嫌がっているではないか。チラリと横を向くと吉良はカッと目を見開き、大友は“GO”のサインを出した。
「そうしましょう、佳子さん。こういう時、異性がいて下さると助かりますよ」
相原さんの言葉を最後に、同行が決定した。
それからフロアをでるギリギリまで助言やら、忠告やらをやいやいと投げられた。
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