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 土屋は福士と違って未婚者なので福士ほどの嫌悪感がない。かといって好かれても困るのだが。  しかし土屋にはまだ告白されていないため、断りようがない。何も言ってこないのにいきなり『恋人がいます』と切り出すのもおかしいので、積極的に接触してくる彼に牽制をかけられずにいる。  いや、告白されていなくても、それとなく恋人の存在を告げればいいのか。思い至り、麻木は誘いを断る理由をそれにした。 「お誘いいただいたのに恐縮ですが、休日やオフの時間はほとんど恋人と過ごしているので」 「恋人…がいらっしゃるんですか」  やはりショックを受けている。だがここで諦めてくれたらいい。もう面倒事に巻き込まれるのはこりごりだ。  以前は恋人がいなかったから、断っても断っても向こうが諦めてくれないことが多かったが、今はちゃんと恋人がいると言えるので助かっている。大半はこれで諦めてくれるからだ。たまに、『恋人と別れるまで待つ』とか『自分のほうがその恋人より幸せにできる自信がある』などとわけのわからないことを言って引き下がってくれない者もいるが、それは例外だ。 「あの、それって第十一刑事部の八奈見裁判官でしょうか?」  またか。もう否定するのも面倒になるが、放っておけばいつまでも噂は消えない。仕方なく一つ一つ誤解を解いていくしか方法がない。
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