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母性
子供を産んだら、普通に『お母さん』になれると思っていた。女は誰しも『母性』のタネを抱いて生まれ、小さな命が自身の体に宿った時、それは自ずと芽生え、その子を産み出すと、花を咲かせる。そして、子育てをする中で実を結ぶ。
「あなたはママの命よ」ママの口癖がそうだったから。でも……。
妊娠がわかった時は、確かに嬉しかった。結婚して5年もできなかった上に、アラサーからアラフォーへの移行期でもあったから。自分の中にまた別の命が息吹いたという摩訶不思議な感動と、女としてのライフステージが1ランク上へ昇れた優越感もあった。でも、体はだるいし、二日酔いのような気持ち悪さがずっと続く。11月第三木曜日0時に解禁されるボジョレー・ヌーボーも、クリスマスのシャンパンも、お正月のお屠蘇も、我慢しているのに。
他にも、お腹の子のせいでできないこと、我慢することがいっぱいあった。アイコスにコーヒー、加圧トレーニングに熱いお風呂、ヘアカラーにヒールの靴、そして、生肉のタルタルステーキと……。諸説あるけれど、私の嗜好ほとんどがお腹の子には悪かった。つわりと制限ばっかりでイライラが募る中、際限なく増えていくのは食欲、そして、体重だった。私の場合は食べづわりで、乾燥のバナナチップスが手放せない。それを頬張れば、僅かな時間だが、悪阻はおさまるのだ。でも……。せっかく炭水化物抜きダイエットに加圧トレーニングも続け、細い体をキープしてきたのに、ぶくぶくぶくぶく厚みを帯びていく私のカラダ……。以前、マタニティーフォトをブログに載せた自分好きの同期がいるけれど、恥ずかしくないのだろうか。芸能人にもいるが、彼女たち妊婦は総じて、大きな腹をまるで勲章のように掲げ、勝ち誇ったような顔をしている。私も安定期ぐらいになると、晒したくなるのだろうか。未知の世界である。
体重加増は妊娠初期から病院で指摘され、スキニーだけでなく、家のクローゼットにかけられた服のほとんどが着られなくなった。マタニティ専門店へ赴くと、ダサ可愛さが売りなんだろうか。ピンクにフリル……、私のファッションセンスでは到底、理解できないものばかりで、思わず、固まってしまう。
「お客様、お探しものですか?」
店員に声を掛けられると、私は無意識のうちに踵を返していた。そして、夜遅くに帰宅した夫に訴えた。すると、「妊娠してるんだから、仕方ないだろ?」と一蹴されてしまう。ゴキゲンに鼻歌を口ずさんで、シャワーを浴びに行く夫。今晩は新人CAとの交流会で、まだ現役の同期から聞いた話だけれど、彼は結婚してからモテるらしい。
……大丈夫かな? 私の顔とスタイルしか見ないで結婚したこの人。浮気スイッチが入るんじゃないの?
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