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――頑張らなくっちゃ。
私は気合を入れて、ひとつひとつ商品を並べていく。大変だけれど、これほどやりがいのある仕事はない。私は時間を忘れて作業に没頭していた。
するとそこに、ひとりの男性がやって来た。
「やあ、精が出るねえ」
「オーナー。お疲れ様です」
その人は、この店のオーナーである遠近さんだ。遠近さんはハイブランドのスーツをきっちりと着込み、夏だと言うのに皮の手袋をしている。いつもハットを深く被っていて、綺麗に整えた口ひげに穏やかな笑顔を浮かべている、50代中ほどに見えるダンディなおじさまだ。
彼は細い目をうっすら開けると、私の耳元に顔を寄せて、お客さんに聞こえないようにボソボソと言った。
「この間借りた本、君に預けてもいいかな」
「あ、はい。大丈夫ですよ。でも、珍しいですね。いつも、読み終わった本を並べて、東雲さんとお酒を飲みながら批評するのに」
すると、遠近さんは眉を下げると、ハットを少しずらした。
遠近さんの頭の天辺には、真っ白な皿があった。その皿には、小さなヒビが入っているように見える。
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