1543人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
「オイラが覚えている一番古い記憶。それは、地面に横たわるオイラを、嘲りの篭った眼差しで見つめる男の顔」
クロはそう言うと、水明を見上げて言った。
「……それが、相棒の遠い遠い先祖。初代白井家当主だよ」
犬神は、その家系に富をもたらす。初代は、犬神の恩恵で莫大な資産を得た後、今度はあやかしを狩る祓い屋として、活動を始めたのだそうだ。
土地土地の有権者から依頼を受け、多額の報酬と引き替えにあやかしを狩り続ける当主。その間、クロは酷使され続けた。
「オイラの他にも、犬神は大勢いたんだよ。でも――祓い屋として活動しているうちに、みんな死んでしまった。オイラはなんとか生き延びたものの、気がつけば最後の一頭となってしまった」
そして時代は流れ、新たな主がクロの前に現れたのだそうだ。
『まあ! なんて可愛い子!』
艷やかな黒髪に、穏やかな薄茶色の瞳を持ったおかっぱ頭の女の子。牡丹柄の着物を着て、好奇心いっぱいの瞳でクロを見つめていた。
それが、水明の母。みどりだ。
「オイラに引き合わされたみどりは、それはそれは嬉しそうに笑ったんだ。すぐに、回りの大人に怒られていたけれどね。太陽みたいな笑顔だった。今でも覚えているよ」
みどりさんは、とても優しい人だったのだそうだ。今までの当主が、まるで犬神を使い捨ての駒のように扱っていたのに反して、みどりさんはまるで家族のように接してくれた。中でも、クロの毛並みがお気に入りで、何かと撫でてくれたのだそうだ。それは、今まで酷使されてきたクロにとっては衝撃的で――とても嬉しいことだった。
「……それまで、自分を犬神に変えた白井家の人間を、少なからず憎んでいたんだけどね。あんまりにもみどりが優しく接してくれるものだから、そんなのすっかり忘れちゃった!」
クロは、みどりさんのことを思い出しているのか、しっぽをしきりに振り、目をキラキラと輝かせて、赤い舌を口から覗かせている。
みどりさんは他の当主と違い、新しく犬神を作ろうとしなかったのも好印象だったようだ。優しい心を持つみどりさんには、残虐な方法で犬神を作ることを嫌った。周囲の人間には色々と言われていたようだけれど、頑として譲らなかった。
「白井の家に残っている奴らは、犬神がもたらす富のおこぼれが欲しくて寄生しているような奴らばっかり。白井の血筋で残っているのはみどりだけだと言うのに、自分が新たな犬神憑きになるのを嫌がるような、腰抜けばっかりだった。そういう奴らの意見には従わない強かさを、みどりは持っていたよ」
そして、みどりさんが大人になったころ、新たな家族が増えたのだそうだ。
「みどりに可愛い赤ちゃんが生まれたんだ。玉のような男の子。元気いっぱいで、大きな声で泣いてた。可愛かったなあ……」
「……」
水明は、クロの言葉にゆっくりと瞼を閉じた。もしかしたら、亡くなったお母さんのことを思い出しているのかもしれない。
水明が生まれると、途端にみどりさんは体調を崩してしまった。元々体は強くなかったのもあり、床に塞ぐようになってしまった。
そうなると、祓い屋としての仕事も出来ない。それに、みどりさんは元々祓い屋の仕事を好んでいなかった。だから、これ幸いとクロと一緒に赤ん坊にかかりきりになった。祓い屋の仕事をしなくとも、不労所得もあり、収入は減るけれども家が傾く恐れはなかったからだ。
ある日、すやすやと眠る赤ん坊の水明を見ながら、みどりさんは言ったのだそうだ。
『犬神憑きの家に生まれたからには、感情を殺さなくてはいけない。それは仕方のないことだわ。嫉妬の感情で、周囲に厄災を振りまくわけにはいかないもの。仕方がないのよ。……でも』
みどりさんはどこまでも穏やかに、優しい眼差しで水明を見つめて言った。
『この子の可愛い笑顔が損なわれるのは、嫌。健やかで感情豊かに育って欲しい。そう願うのも、母親として仕方がないことだと思わない?』
「その時のみどりには、もう少女の面影はなかった。母親の顔って言うのかなあ。とっても綺麗で――オイラ、ちょっぴり見惚れてしまった。オイラは、この言葉を一生忘れないと心に誓った」
やがて水明が3歳になると、白井家の人間たちは父親を筆頭にして、様々な教育を施すようになった。それは感情を、そしてあやかしを殺すための教育。普通の男の子のように生きられない水明を、クロは内心苦々しく思っていた。
特に、水明はみどりさんと気性までそっくりで、とても優しい子だった。だからこそ、水明本来の明るさ、優しさが損なわれるのが、クロにとっては耐え難いことだった。
「オイラが憑いているから、水明は感情を殺さなければならない。なのに、まっすぐに育って欲しいと思う気持ちもある。犬神は血筋に憑く。犬神自身が望む望まないに関わらずね。……とっても、複雑な気分だった」
――それが呪い。
犬神と犬神憑きの血筋の間に存在する、決して解けない呪い――。
クロは、ある日までそう思っていたのだそうだ。
「ある時ね、みどりのところに客が来た。人間の男だ。気持ち悪い目をした男――」
その男は、みどりさんとクロに、こう言ったのだそうだ。
『犬神を解放する手段がある』
「それは、主の骨を喰らうこと。食べるってことは、殺すってことだろ? オイラは、みどりが好きだった。到底、そんなことは出来やしないって言ったんだ」
けれど、その男はいやらしい笑みを浮かべて言ったのだそうだ。
『なあに、生きているうちでなくてもいいのだよ。死した後、その骨を喰らえばいい。現当主は解放出来ずとも、次代は救えるでしょうや。あの可愛らしい坊っちゃんに、笑顔を取り戻したくはありませんかい?』
『……そ、それは』
『それに、それだけ好いているのなら、相手の骨の一欠片でも食べたいのが、あやかし心ってもんでしょう。供養ですよ、供養――なぁんにも、悪いことはない』
勿論、男の言葉は簡単に信用出来るものではない。聞くと、先代の骨では駄目なのだと言う。犬神が心から慕っている相手の骨でなければならないのだそうだ。
クロは、その男に目的を聞いた。犬神を白井家の血筋から解放する方法を教えて、その男に何の益があるのか理解できなかったからだ。
すると、その男はただ一言だけ、それはそれは嬉しそうに恍惚に頬を染めて言った。
『古いものを壊すのは、自分にとって快感なのですわ』
「……そう言った時の男の顔。今でも覚えている。きっと、アイツはどこかがおかしいやつだったんだ。だからみどりもオイラも、嘘っぱちの情報だろうって結論付けたのだけど」
やがて、みどりさんが若くして亡くなると、白井家の人々の水明への圧が激しくなった。
まだ幼い水明が感情を露わにした途端、きつく折檻し、陽の差し込まない暗い部屋に押し込める。泣き叫んでも、体調が悪くなろうとも構わない。寧ろ、それを叱りつける――。
それは、躾の範疇をとうに超えていた。元々は、母親にそっくりの髪色だった水明は、気付けば白髪になってしまっていた。
父親を筆頭とした白井家に寄生する連中は、犬神の恩恵だけでは飽き足らず、祓い屋としての収入を目当てに、躍起になって水明を躾けた。
「人間の欲は底なしだ。自分のためになら、小さな子に『躾』と言う名の責め苦を与えるのを、なんとも思わない。オイラは、そいつらが心底怖かった。水明を助け出したかった」
――クロは、悩みに悩んだのだと言う。
みどりさんの骨を食べれば、水明は犬神の柵から解き放たれるかもしれない。
けれど、それは水明との離別を意味する。
この頃には、水明の瞳からは生気が失われ、クロが少しでも離れようなものなら、泣き叫ぶような状態となっていた。このままでは、いつか水明は駄目になってしまう。クロは常に水明の傍に寄り添い、自分なりにフォローをしながら日々を過ごしていた。
――いつか、水明がひとりであることに耐えられるようになったら、あの男の言った方法を試してみよう。そして、自分から解放してやるんだ。……そう、決意して。
そうして――水明が成人して、以前よりも落ち着いたと判断した時、クロは行動に移した。
泣きながらみどりさんの墓を暴き、その骨を喰らった。ひたすら誰かに向かって謝りながら……大好きな人の遺骨の味を噛み締め、その想いを自分のなかに閉じ込めた。
「みどりの骨。……美味しかったんだ。オイラ、それが申し訳なくて、辛くて、悲しくて――でも、みどりがオイラの一部になるのが、とっても嬉しくて」
そこまで話し終わったクロは、つぶらな瞳で水明を見上げると、うるうると瞳を滲ませて言った。
「ごめんよ。本当にごめんよ……。オイラ、水明に合わせる顔が無くて逃げ出した。そうしたら、自分のその日の飯を確保するのも出来なくて……ああ、こんなにやせ細っちまった。恥ずかしいよ。でも、オイラ後悔はしていない。相棒の笑顔……子どもの頃とちっとも変わってなかった。あの男の言った方法は本当だった。……良かった。本当に良かった。これで、みどりにいい報告が出来る」
「……ほう、こく?」
水明が掠れた声で問うと、クロはなんでもないことのように言った。
「オイラは、生まれてこの方、ずっと人間の庇護下にいた。水明の下から離れて実感したよ。オイラは、あやかしとしては不出来なんだよ。ひとりじゃ生きられない。だから、もう無様に足掻くのはやめて、静かに最期を待とうと思う」
そして、クロはゆっくりとその場に伏せると、穏やかな表情で言った。
「こんな水明が見られたんだ。思い残すことはないさ。オイラ、逝くよ。生きていてもしょうがない。――だろ?」
私はクロの姿に、胸を痛めていた。
だらりと体を弛緩させて、床に寝そべるその姿。肋骨がうっすらと浮かび、疲れ切ったように見えるその姿は、もう生きることを諦めたように見えた。犬神として永い時を生きてきたあやかし。自身の生の幕引きも、己でするつもりなのだろうか――。
するとその時、水明が動き出した。
水明は、寝そべるクロを勢いよく抱き上げると、ぎゅうとその腕の中に閉じ込めた。
「……ば、馬鹿野郎……!!」
「あい、ぼう?」
「お前は、なんて馬鹿なんだ!!」
水明は顔をくしゃくしゃに歪めると、ボロボロと涙を零しながら叫んだ。
「何が、生きていてもしょうがないだ! 何が、呪縛だ! お前は俺をこの世に繋ぎ止める楔だった。お前がいなければ、俺はとっくの昔に死んでいる! お前は、俺の大切な相棒じゃないか……」
水明のクロを抱きしめる手が震えている。……いや、体全体が震えているのかもしれない。
大切なものが、目の前で失われようとしている。生きるのを諦めようとしている。自身を繋ぎ留めてくれた存在を、今度は水明が留めようと必死になっている。
「母さんの言葉なんて初めて知った……なんで俺に言わないんだよ……あやかしにとって、喰うことが供養だなんて知らなかった。俺、馬鹿だから、お前が母さんを冒涜したと思って、腹を立てていたんだぞ」
「水明はあやかしを狩る立場だ。あやかしの事情なんて知る必要はないだろ?」
「でも、俺は知りたかった。もっと早く知りたかったよ、ちくしょう!!」
水明は、昂ぶる感情のままに怒りを露わにすると、クロの額に自分の額を合わせた。透明な雫がとめどなく瞳から溢れ、クロの黒い体を、水明の手を濡らしていく。
水明は涙を拭うこともせず、じっとクロの瞳を見つめて言った。
「お前がひとりで生きられないように、俺もひとりじゃ生きられないよ」
それは水明の心からの言葉。
いつもはちっとも動かない顔を、まるで子どもみたいに歪ませて、掠れた声で思いを紡ぐ。
――感情を抑圧し続けて、自身で感情を発露するのを苦手としていた水明。皮肉にも、彼はここに来て初めて、素直に……そしてまっすぐに、クロに感情をぶつけていた。
「いつだって、辛い時に傍にいてくれたのはお前だった。これからも傍にいてくれよ。いなくならないでくれよ。……なあ、母さんみたいに、別れの言葉も言えないまま、いなくなるなんて絶対に嫌だよ……」
そして洟をすすりながら、震える声で言った。
「体は大人になったって、お前がいなくちゃ、俺は何も出来ない子どものままだ」
クロは一瞬ぴくりと体を揺らすと、「くうん」と悲しげに鳴いた。
するとその時、にゃあさんが盛大に溜息を吐いた。
「……男ってなんでこう面倒なのかしら。馬鹿と馬鹿同士、お似合いだわ」
「にゃあさん!?」
思わず私が声を上げると、にゃあさんは前脚をぺろりとひと舐めしてから、じっとふたりを見た。
「別に、友人として一緒に居ればいいじゃない」
「「へっ?」」
水明とクロはなんとも間抜けな声を上げると、ぽかんとにゃあさんを見つめた。
そして、慌てたようにクロは言った。
「お、オイラはもう水明に感情を我慢させるのは」
「別に憑かなきゃいいんでしょ。それとも、犬神は人間に憑かなきゃ存在が消えちゃうわけ?」
「……い、いや。多分、そこは大丈夫……」
「なら、お互いひとりじゃ生きられない者同士、傍に居ればいいでしょ。その――家? の柵が面倒なら、水明も隠世に住めばいいのだわ。普通、人間はここまで来られないし。そんな寄生虫みたいな奴ら、放っておきなさいよ。没落しようが、関係ないわ。こっちには夏織も住んでいるんだから、水明だって大丈夫よ。適当にやりなさいよ」
私はにゃあさんの、あまりにもあけすけとした物言いに、思わず噴き出してしまった。
「……て、適当……」
「だってそうでしょう。何、悲劇のヒロインみたいなこと言っているのよ。状況に不満があるなら、自分でなんとかしようと動きなさい! あたしは、状況に流されて泣いているだけの奴が大っ嫌いなのよ!!」
そう言って、にゃあさんは「ふんっ!」とそっぽを向いてしまった。
なんともにゃあさんらしい物言いに、ふたりは益々呆気にとられて、目をまんまるにして固まっている。私は、にゃあさんの分かりづらい本音を、ふたりに解説してやる。
「相棒とか、主とか血筋とか――そんなの関係なしに、好きだから一緒にいる。それでいいんじゃない? ってにゃあさんは言いたいのよ」
すると、漸く頭が動き出したらしい水明が、抱き上げているクロと視線を合わせて――またくしゃくしゃに顔を歪めた。けれど、そこに浮かび上がった感情は、悲しみじゃない。喜びと戸惑いの入り混じった感情だ。
「……そうか、本当に俺たちは馬鹿だなあ。この世界なら――隠世なら、友として居られる」
「そうだよ、相棒。憑かなきゃいいだなんて、なんでそんな簡単なこと思いつかなかったんだろう!」
すると、クロは不安そうに耳をへたりと伏せ、しっぽをお腹に巻き付けて水明に聞いた。
「なあ、オイラたち友だちになれるかな」
水明はクロの言葉に何度か瞬きをすると、途端に破顔一笑した。
「俺たち、もうとっくに親友だろ?」
「〜〜〜〜!!」
すると、クロはしっぽを高速で振りながら、水明の顔を舐め始めた。長い舌で顔中をベタベタにされた水明は「やめろ! くすぐったい!」なんて言いながらも、嬉しそうだ。
「……良かった」
私はふたりの嬉しそうな姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
――これからは、みどりさんの願いどおり、水明も感情豊かに過ごせればいい。
そんなことを思いながら、にゃあさんの頭を撫でる。
するとそこに、何やらバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「〜〜〜〜ッ!! ナナシ、悪ぃ!!」
それは、東雲さんだ。東雲さんは息を切らし、汗だくで薬屋に飛び込んで来ると、いきなり私を脇に抱え込んだ。
「ぎゃあああ! なにするの!」
「つべこべ言っている暇はねえんだ! おい、にゃあ! 夏織を乗せて今すぐここを出ろ!」
「……ぐすっ、なななな、何!? 何があったの!?」
東雲さんの登場に、何故かハンカチを握りしめて鼻が真っ赤になっているナナシが現れた。そして、東雲さんの顔を見た瞬間――さっと青ざめた。
「……あんた、まさか。絡新婦を取り逃がしたんじゃないでしょうね!?」
「いやあ、いいところまで追い詰めたんだが、どうにも倒しきれなくてなー」
「ちょっとお! もしかして、あの化物がここに来るってこと!? やだ! ちゃんと仕留めなさいよ、このボンクラ!」
「蜘蛛って執念深いなー。はっはっは!!」
ナナシは、「キー!」と金切り声を上げると、「武器を取ってくるわ!」と、奥に引っ込んでいった。そして、私は巨大化したにゃあさんの背中に、ひょいと乗せられてしまった。そして、東雲さんはにゃあさんに言い含めるようにして言った。
「なるべく遠くに逃げろよ。この薬屋が破壊されたら、後が怖い」
「怖いのはナナシのほうでしょ!」
「まあなー。あいつが本気で怒ると、閻魔大王よりも怖えんだ。それに、俺はあやかしを倒すのは本業じゃねえんだよ」
するとその時、水明が動いた。
腰のホルダーの中から、試薬瓶を取り出すと、その中に入っていた白いものをクロに渡す。
「……返す。友だちだからな。これはいらない」
「ありがとう。相棒」
それは、依代になっていたクロの頭蓋骨だ。クロはそれを受け取ると、ごくりと飲み込んだ。
その瞬間、クロの毛が逆立ち、存在感が増す。痩せ細り、やつれているように見えたクロに生気が戻ったような気がした。
水明はクロに向かって大きく頷くと、徐に立ち上がって言った。
「蜘蛛退治。俺たちが請け負おう」
「……えっ!?」
「オイラと相棒は、あやかしを倒すことに対してはベテランだからな。任せておいてよ!」
「でも……」
先程まで弱り切っていたと言うのに、いきなり戦闘なんて――そう思って戸惑っていると、水明が私の頭をくしゃりと撫でて言った。
「クロは、他の犬神が死んでいくなか、ひとり生き残った強者だぞ? それに、忘れないでくれよ。俺は一応『腕利きの祓い屋』だった。……帰ったら、飯を用意してくれ。こいつ、腹を空かしているから。肉がいいな、頼む。――ああ、それと」
そして水明は、薄茶色の瞳をうっすらと細めて、蕩けるような笑みを浮かべた。
「本当にありがとうな。お前には助けられてばっかりだ」
――見慣れない、水明の優しげな微笑み。
それを超間近で見てしまった私は、自然と自分の鼓動が速くなっているのに気がついた。
「行ってくる!」
水明はそう言うと、颯爽とクロを引き連れて隠世の町へと消えていった。
水明に纏わりつく幻光蝶の光が遠ざかるのを見ながら、にゃあさんの背中で脱力する。
すると、そんな私をちらりと覗き見たにゃあさんが、「春かしら」とボヤいた。そして、そのまま店を出る。背後では、武器――ちなみに三節棍だ――を手に戻ってきたナナシと、東雲さんが激しく口論をしている。遠くから、金目銀目が飛んでくるのが見える。
私は、未だ蜘蛛に追われている状況なのにも関わらず、なんとなく、すべてが丸く収まる予感がして頬を緩めた。
――その二時間後、山の中で身を隠していた私の下に、無事、絡新婦討伐の知らせが届いたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!