閑話:あやかしの夏

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 犬神――それは、「巫蠱術(ふこじゅつ)」に非常に酷似した方法で作り出される。悍ましく残酷な方法で作り出される犬神……それが取り憑いた家系は「憑きもの筋」と呼ばれる。犬神は、己を作り出した家系に恩恵をもたらす。同時に、犬神憑きが他人を羨んだりすると、対象のものを台無しにしたり、対象の人物に取り憑いて病気にしたり、激痛を与えたりするのだ。  ……感情を殺せ。それは「憑きもの筋」であり、祓い屋を家業とする家に生まれた人間が、社会に馴染み、仕事をこなすために必要なことだ。 「仕方がない。仕方がない」  それが母の口癖だ。母は、足下に侍っている異様な生き物を撫でると、ほうと息を吐いた。 「強く生きなさい。爺たちの言うことをよく聞いて……どうしても寂しくなったり、感情を爆発させたくなったら、犬神を抱いて眠るのよ」  母はそう言うと、人を呼んで俺を自室から追い出した。  それが母と会った最後だった。感情を刺激しないようにと、光の差し込まない部屋で生活をするのを強いられていた俺が、母の死を知ったのはそれから半年後のことだった。 「よう、相棒。今日からお前がオイラのご主人様だよ」  ――黒くて赤い斑がある。  ――犬にしてはひょろ長い。  ――イタチにしては頭が大きく耳が尖っている。  暗闇の中、突然現れたそいつは、犬歯を見せつけるようににたりと笑うと、ふわふわの体を甘えるように擦り付けて来たのだった。  * 「……水明! 起きてー! ご飯!」  夏織が呼ぶ声がして、ぱちりと目を開ける。     
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