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幕間:水底で嗤う
隠世の世界は常夜の世界。町の灯りが遠ざかれば、途端に濃密な闇に包まれる。人家は勿論、灯りを発するものはなにひとつない。月明かりが照らすものの、そこまで遠くを見通せるわけでもない。
けれども、木々の虚、石の影、水溜りの中、古びて朽ちてしまった井戸。
其処此処で、無数の瞳が外の様子をじっと伺っている。姿が見えないのにも関わらず、そこに誰かがいると確信出来るほどには、雑多な気配に溢れている。
――耳を澄ませば、誰かの息遣いが直ぐ側で聞こえる。気を抜けば、あっという間に命を刈り取られ、骸には腹を空かせたあやかしどもが集るだろう。
それが隠世。光に満ち溢れた現世の裏側の世界。そこの本来の姿だ。
*
ここは、隠世の町から少し離れた、とある川辺。
遠くには、町の明かりがぼんやりと見える。隠世の怪しい夜空の光を反射して、現世ではありえない複雑な色合いを持つ水面に、町の明かりが映り込んで宝石のように輝いている。
そこで、ひとりのあやかしが暑気払いをしていた。
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