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富士の大あやかし
常夜の世界にある隠世の朝に、爽やかな光が差し込むことはない。
その代り、空は夜よりも一層強く色合いを増し、星が霞むほどに極彩色に彩られる。梅雨が終わり、夏がそろそろ訪れようとしている昨今は、雲が掛かることも少ない。からりとした乾いた風が吹き込み、普段よりも緑色が濃い空を戴く隠世では、洗濯物がよく乾く。
ふと窓から空を見上げると、一反木綿が気持ちよさそうに泳いでいるのが見えた。きっと、今日は一日晴れだ。お布団も干しちゃおうか、そんなことを思いながら少し微笑む。
私は洗濯機を回しながら、朝ご飯の支度をしていた。
因みに、洗濯機は二層式。最新式が欲しくはあるけれど、隠世で流通する現世の家電は結構なお値段がする。随分前に、中古で譲り受けたこの洗濯機。正直、変な音はするしうるさいし、汚れは落ちづらい……でも、大切に使わなくちゃなんて思う。
するとそこに、寝ぼけ眼の水明がやって来た。
「おはよう! 爽やかな朝だねえ」
「どこがだ。暗くて、昨日の晩とちっとも変わっていないだろう……ふあ」
水明は涙を浮かべると、大きなあくびをした。
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