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閑話:あやかしの夏
――いつも青白い顔をしていた母。
俺の記憶の中にある母は、大抵、がらんとした十二畳ほどの和室のど真ん中に敷かれた布団の上で、長い黒髪を櫛っている。
ぬばたまの髪は、櫛を通す度に艶やかさを増し、母の美しいかんばせを彩る。
普段は表情が読めない母は、この時ばかりは穏やかな表情を浮かべている。
幼かった俺は、手元の積み木で遊ぶのも忘れ、その様子をじっと見つめていた。
母は、そんな俺に気がつくと、優しげに目を細める。珍しい母の表情に、嬉しくなってへらりと笑みを返すと、途端に母は表情を険しくした。
そして、酷く細い腕で俺に手招きをする。そして近寄ってきた俺を、優しく抱きしめた。
「……外では、笑っては駄目よ」
「どうして?」
「あなたが不幸になってしまうからよ」
「……?」
――あらゆる感情を殺しなさい。どの感情も、あなたが生きるのに必要はない。
母は、俺に常日頃からそう言い聞かせていた。
犬神憑きの家系に、感情はご法度なのだと。喜怒哀楽――どの感情が「嫉妬」に結びつくかわからないのだから。
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