Deal With The Devil

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次にスーツに驚いた。営業と言えば無難な黒か紺のスーツを着るものと思っていたが、彼は全く違っていた。スーツ生地の色は、なんと表現したらいいだろうか、こうガーネットが放つ深い紅の光が焼き付いたような色だ。きっとCMYK表記だと"c0m75y50k45"くらいではないだろうかと機械塗装の色見本を思い浮かべてしまうあたりがもう職業病だと我ながら思う。そしてその生地には縦ストライプで細い金の織が入っていた。漆黒のシャツの上には光沢を放つ濃い黄色のネクタイが締められていた。そして、ジャケットはダブルボタンでその身体を拘束していた。 視線は自然と上に向かう。彼は黒い髪を後ろに撫でつけていた。この辺は営業らしい。肌が抜けるように白いように思えた。美しいその顔はまるでダビデ像のそれの様で、しかし聴いていた通り眉間の皺の寄りようが神経質的で怖ろしいものを感じる。 彼は紙の資料を読んでいたが、鼻の上にレンズがスクエアカットの眼鏡を載せていた。おしゃれな眼鏡だが、きっと老眼鏡なのだろう。そして目をこらすと目尻に皺が寄っているのが解り、彼の年齢に思いを馳せた。森部長の話を総合すると、彼は今年で五十一歳を迎えるはずである。 ふと彼が目を資料から離し、よりにもよって私をその視野に入れてきた。黙っているわけにもいかず、私は彼のデスク前に歩み寄った。目の前には彼の美しいおみ足があり、有り難いことにか彼の目を正視せずに済んだ。 「研究開発部の久坂千夏と申します。森に申しつけられました件について、峯部長と相談致したく参りました」     
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