第一章  毛糸のぱんつはともかく

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 頭領の娘なのに、頭領の娘だから、息子だったらこんな事には、って影で言われてるのは知っている。だからというのじゃないけど、何かぼくでも出来る事がしたいだけさ。 ぼくは事務所を通り抜け、奥の扉を開けて自宅に通じる裏庭に出ようとした。そこに低い声がかかる。 「おう、(はやと)」  僕を下の名前で呼ぶのは事務所で父だけだ。 父がデスクにいる。ぼくはこめかみにびりっと緊張が走るのを感じた。いつもの父は配下の者に事務所を任せきりで顔を出さない。事務所のデスクに居るなんて、普段ならありえないのだ。 立ったままのぼくをじっと見つめながら、父はデスク上に置いた悪趣味な金色の虎のオブジェを指ではじいていた。がっちりした体格の父が豪放磊落を気取って着るのもいつも虎縞である。父は名を寅之助という。その名にちなんで着るらしいが、忍にしちゃ目立つ趣味だ。そんなことを考えるのも平常心を保つため。 「大鴉(おおがらす)から報告は聞いた。お前の処遇は明日の総会で発表する。以上」  それだけ言った父は階上へ姿を消した。あっさりしているだけにあとが怖い。 立ち止まったままのぼくに、さっきのくまさんが気遣わしげな声をかける。 「総会で処遇となると、若……もしや、あの契約のことで」  総会、それは忍の末裔、それも藤林一族とその配下が集まる会合である。普段忍はあまり共に行動することがない。それだけにこれが互いに言葉を交わし、結束を深める貴重な機会になる。そして、総会は、掟を破った忍の制裁の場でもあるのだ。 「大丈夫。さっさと始末をつけて終わらせるよ。心配ない」  ぼくは彼に笑って見せる。じゃ皆さん、お疲れ様です、と軽く会釈して裏口を出ると、おつかれさまです、という大きな声が背中に上がる。 ドアを閉める間際、くまさんの心配気な顔が目の裏に残った。ぼくは溜息をついて、目をつぶる。なんとか、なるさ。
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