第一章  毛糸のぱんつはともかく

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 あ、アラームが鳴った。  ぱんとコンパクトを閉じ、スマートフォンのアラームを消す。時刻は朝7時45分ちょうど。ここは駅のメイクルームだ。  柔らかなポーチを鞄に落とし、プラスチックの椅子を引くと、硬い音がする。 メイクは終了。膝下だった制服のスカートを短くし、靴下を引き上げる。まっすぐな黒髪を後にはねのけて、立ちあがった。 鏡を確かめると、一点の曇りもない膚に長いまつげがはたりと瞬く。メイク前とは別人じゃないか。我ながら化けたぞ。 駅の階段を駆け下りて人込みに紛れる。駅前から細い路地に入れば人の流れが途絶えた。ここ、学校に行くには近道なんだけど、狭くて暗くてひと気がないんだよね。  周囲に目を走らせれば、さびれたバーや居酒屋の扉が並ぶ。薄暗い路上はすえたような匂いがした。痴漢注意の赤字の立て看板が目につく。 行く手に路上駐車しているワゴン車が道を半ば塞いでいる。車に凭れかかるようにして、白いマスクの男が佇んでいる。サングラスをかけて目深に帽子を被り、その上にとどめのようなマスクだ。  さわらぬ神に祟りなし。無視して通り過ぎる。だが、後ろから男が覆い被さって来た。こちらの首に腕をかけ、無言で抱きすくめてそのまま車に連れ込もうとする。 そうか、さわらぬ神も時には祟るのか。 ぼくはためらいなくしゃがんだ。男の腕をすばやくくぐりぬけて立つ。男は、あっけにとられてこちらを見る。笑って間髪置かず左手で拳骨をつくる。脇に引き、短く打つ。 「!」  鋭いパンチを喰らった男は俄かには信じがたいようだった。叫ぶ。 「お、お前……いつもここを通る羽山ひばりちゃんじゃないな!!」 「そだね、見間違えたみたいだね。毎日彼女を付け回してるってのに情けないね?」  ぼくは男を殴った左手をぶらぶらさせる。 「お、お前……誰だ!!」  男は女子高生に反撃されたことが信じ難かったのか、がむしゃらに掴みかかって来た。 「残念」  ぼくは彼の反撃を無造作に避けてそう言った。 「拳骨だけで満足してくれると思った」  回し蹴りが男の脳天を直撃する。 ぱんつ見えちゃったな。ま、いいか。一応赤い毛糸のぱんつ履いてる。 男はすみやかに道路に沈み込んだ。
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