第一章  毛糸のぱんつはともかく

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ぼくは胸ポケットに刺したヘアピンを抜き、男の顔面を覆っているマスクに向かって軽く払う。はらりとマスクが落ちる。実はこれ、ただのピンではない。刃が仕込んである。車のナンバーと気を失った男の顔をカメラで撮影し、男を揺り起こす。なかなか目を覚まさない男に、ぼくは時計を見てため息をつく。  気を失わせるほど蹴ったのはまずかった。これじゃ、遅刻しちゃいそうだ。 ややあって男が眼を覚ました時、ぼくは持参のきつねのお面をつけ、暇なので男の身分証をしげしげと眺めていた。男は仰天する。ぼくは身分証のことを話題にしてみる。 「A会社の人なんだね。なかなかの大手じゃん」  ぼくは身分証カードをひらひらさせる。男は目に見えて怯えた。 「た、頼む。警察と会社にだけは! 金なら払う」  どうやら彼には社会生活を棄てる覚悟はないらしい。ぼくはお面の下で眉を上げる。 「お金で済む問題じゃないんだ。今度またひばりを付け回したらどうなるか……わかるよね?」 「わ、わかった、わかったから!」  そう言った男は隙を見てぼくから身分証をひったくろうとした。途端に足払いをくらい、その場に倒れ伏す。直後、ぼくは手刀で男の首筋を打った。耳もとで囁く。 「そういうことするなら、返してやんない」  男がやっとのことで顔を上げた時には、ぼくはもう100メートルほども先の路上にいた。身分証を右手で上げて見せる。 「気が変わった。これは預かる。次会った時は文字通り再起不能にするよ」  ふっと跳んで姿をくらます。  去り際に、男の呻きが聞えた。 「あ、赤い……毛糸の……ぱんつ……」
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