こんにちは、仮想世界

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こんにちは、仮想世界

 陽の光が、窓からカーテンを通り抜け、灰色の部屋に燦々と差し込む。まっさらでなにもない部屋だ。余計な雑貨はもちろん、テレビも掃除機も冷蔵庫もない。一見、空き部屋に見えるが、ベッドだけは置いてある。しかしもう昼だというのに、どこか暗い空気が漂っていた。  うーうー、と唸り声が聞こえてくる。  その唸り声は、ベッドで横たわっている伊武輝のものだった。暑くないというのに、全身汗びっしょりになっている。その体つきはとても貧相だった。ガリガリに痩せ細っていて覇気がない。傍目から見て、ちゃんと食事をとっているのか心配になるくらい、骨と皮一枚で体を支えていた。  伊武輝はぱちっと悪夢から目を醒ました途端、天井を見つめながら安堵の息を吐いた。 「夢、だよな。仮想世界じゃなかった」  ぼそりと言うと、伊武輝は服の袖で顔の汗を拭った。寝返りを一回打ち、今まで起こったことを思索し始めた。  ナノボットと言う、細胞より一回り小さい機械が開発されて以来、人々の体の中でナノボットが流れ続けている。ナノボットのおかげで生活が大きく変化した。特に、現実とは別のもう一つの世界、仮想世界の登場だ。仮想現実感、つまりバーチャルリアリティの技術を用いて、インターネット上にありとあらゆる仮想の世界を作ることが可能になった。脳を巡回しているナノボットとインターネットの通信によって、意識だけを仮想世界に移し、その世界で感じたことや経験したことを蓄積して現実に持ち込むことができる。つまり、現実に戻っても、仮想世界で体験したことは忘れないということだ。  しかし、ある専門家によると、仮想世界も現実の一部らしい。仮想世界は、本や映画、ゲームとは全く異なり、五感で感じ取れることができ、その世界に他者も存在する。また、仮想世界での行為や発言は、環境や他者に影響を与えることもできることも挙げられ、これは現実と全く同じだという。  賛否両論はあったが、この人の言うことを尊重し、仮想世界ではない原型の世界を現実世界と定義づけている。他の人たちも同じ考えのようで、いつの間にかこの考え方が人々に浸透していった。
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