星空

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 なるべく足音を抑えてゆっくり歩いていたのだが、黒煙は微かな砂利の音で伊武輝に気づくと、赤い目がカッと見開いた。  次の瞬間、濁流のようにゴウゴウと轟音をかき立てながら上空から急降下し、死に物狂いで伊武輝を追いかけ始めた。伊武輝を追いかける道中にあった星たちは、逃げるそぶりもなくその場からじっと動かなかった。成されるがままに濁流に飲み込まれ、常闇の中で星が赤い眼光に変貌した。そうやって増え続ける多数の目は、他に気を止めることなく常に伊武輝を追い続け、一瞬たりとも伊武輝から視線を外したりはしなかった。  一瀉千里に迫ってくる黒煙に、伊武輝はしまったと歯を覗かせながら全力で素っ飛ばした。地面が見えなくても関係ない。躊躇していてはあいつに追いつかれてしまう。  転ぶな、だけど早く走れ。  星空を疾走する伊武輝だが、黒煙と伊武輝の距離は見ていて明らかだった。両者の間が何十キロも離れているものの、その間は急速に縮まっていく。  逃げる伊武輝の足を捕まえようと、黒煙は遠くから一本の腕を伸ばした。その腕にはわらわらと赤い目が浮かび上がっている。  伊武輝は危うく足首を掴まれそうになるが、跳躍して危うくかわした。着地した瞬間に崩れてしまった体勢をなんとか持ち直し、大玉の星に向かって駆け走り続けた。  黒煙に感づかれる前までは、大玉の星は穏やかに光を波打たせていたが、今は切羽詰まっているようにピカピカと点滅していた。  早く来いと言っているのだろうか。  黒煙は、伊武輝とすれ違った星たちを次々と飲み込んで赤い目に変えながら、さらに加速して追尾し続けた。  伊武輝の場所から大玉の星まで、距離にしてあと五十メートルくらい。あと八秒もあればたどり着ける。  だが、黒煙から二つの腕が飛び出し、伊武輝の行く先を塞いだ。伊武輝が立ち止まった瞬間、とぐろを巻くように伊武輝の周りをぐるぐると腕と腕が絡み合って伊武輝の逃げ場を無くした。  道は閉ざされ、一筋の光明も差してこない。伊武輝の周囲にあるのは、暗闇に浮遊している気味の悪い八百万の赤い目だけだった。  伊武輝は頭のてっぺんから何かが突き刺さってくるのを感じた。恐る恐る見上げると、伊武輝の目が大きく揺らいだ。
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