第1章 古巣

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「せめて叔父御に宮軍の総督を頼めたなら、随分と心強いのですが」  アモイはぼやきながら、冷茶の入った碗を手に取った。  差し向かいに座ったムカワ・フモンは返事をせずに、手元に広げた地図を眺めていた。いつから使い始めたものか、片眼鏡を右目にかけて、国境の砦・四関(しのせき)のあたりを注視する。彼の叔父であるムカワ・カウン将軍が、今はそこで隣国への睨みを利かせているのだった。  二人は今、城主の執務室で対面している。何しろ城主と城代の打ち合わせであるから、当然、人払いがされていた。おかげで室内は、茶が喉を過ぎる音さえ響く静けさだ。  城門で久しぶりに顔を見たときは懐かしいと思ったものの、こうして密室で向かい合ってみると、やはりどうにも気詰まりだった。よく考えれば当然で、そもそも上役であった彼とは、膝を突き合わせて語らうような間柄ではなかった。  茶碗を置いて、所在なく視線を泳がせる。執務室の様子は、三年前とまったく同じだ。黒檀の机の上に並べ置かれた筆の順序さえ、寸分も変わっていないように見える。使われている形跡が一切感じられず、それでいて掃除は行き届いて、塵一つ落ちていなかった。 「清掃のとき以外は、鍵をかけさせている」 「は?」 「この部屋のことだ」  ムカワがいきなり、アモイの心中の疑問に答えた。 「……しかし、それでは、普段はどちらに?」 「以前と同じだが」 「大部屋で、城主の代務をされているのですか」 「何か問題が?」 「いや、不便ではないかと思いまして」 「私には、机一つあればよろしい」  と本人が言うなら、余計な口出しをする必要もないのだろう。もともとムカワは、いかに忙しい最中でも身辺の散らからない整頓術を身につけている。王宮で自身の仕事部屋のありさまに閉口しているアモイのほうこそ、相手を見習うべきなのかもしれなかった。
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