第10章 立つ鳥

36/44
前へ
/437ページ
次へ
「はぁー、参りました!」  地面に尻餅をついた少年が、真剣な眼差しから一転して爽やかに言い放ち、俊敏に立ち上がる。少女のほうは寸止めした木刀を納めて対戦相手と差し向かい、姿勢正しく礼を交わした。  やや離れたところで、盛大な拍手の音が鳴る。 「アルハ、すごいねえ、かっこいいねえ。まるでねえさまみたいだ」 「しーっ、駄目よ、父上。まだ稽古は終わっていないのだから、静かにしていないと」  はしゃいでいるのは、東原(とうげん)から遊びに来ているハル。それをたしなめるウララそっくりの口調は、ルカの声だ。  応援席の父娘を振り返り、少年少女は屈託のない笑いを浮かべた。しかし師匠が歩み寄ってくると、すぐに表情を引きしめる。自分たちよりも小柄で童顔の女師匠が、そんなに怖いのだろうか。アモイの目に映るユウは、いくつになってもじゃじゃ馬娘の印象が抜けない。  師弟は手合わせの反省を始める。亡父とは比べものにならない腕前ながら、ここぞという場面での思いきりが足りず、機を逃したシュロことテシカガ・シウロ二世。強気の攻めで勝ちこそしたものの、ところどころで守りの甘さの目立つアルハ。ユウは手本を見せながら、それぞれの直すべき点を的確に指摘していく。その所作を見て、アモイは「なるほど」と独りごちた。  遠い海に浮かぶ群島国(むらしまのくに)発祥の伝統武術。得物を用いずに素手で闘うその技法を、ユウは今も我流で稽古し続けている。その独特の動きが弟子の太刀筋に影響していると聞いて、実は少し気になっていた。基礎も固まらないうちから変な癖がついては困る、と。  実際に見てみれば、確かに旧知のどの流派にも属さない剣法だ。相手の勢いを殺すのではなく、むしろ引きつけて利用するような剣さばき。なかなかどうして、馬鹿にはできない。あれはただの嗜みではなく、いずれ実戦のための剣術として磨かれていくのではないか。
/437ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加