第10章 立つ鳥

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 アモイの脳裏に、稽古前のアルハと交わした言葉がよみがえる。いつかマツバ姫と結婚の約束をしたこの部屋で、彼は娘と対座し、こう切り出したのだ。 ──そろそろこの城をおまえに任せたいと思っているが、どうだ。  娘は娘で、久々に会う父親と二人きりで話すことに、いささか緊張しているようだった。物心のつく前からこの西陵(せいりょう)城で育てられ、王宮にいるアモイとは手紙の応酬ばかりで、顔を合わせる機会は年に数回ほどしかない。 ──幼きころより、いつかはと覚悟をして参りました。  背筋を伸ばして正座した娘は、二人の母から譲られた切れ長の眼で、まっすぐにアモイを見返した。 ──しかしお答えする前に、一つお訊きしてもよろしいでしょうか。父上の口から、直にうかがいたき儀がございます。  意を決したように告げる娘に、来たか、とアモイは内心で身構えた。しかし表面上は平静を装って、先を促した。 ──母上の最期について、本当のことをお教え願えませぬか。 ──本当のこと? ──大人たちはわたくしを見るたびに、生前の母を思い出すと申します。いかに賢く、強く、かつ優しき人であったかを、盛んに言いたてます。されどその末期については誰もが口を濁し、わたくしの疑念に答えてはくれませぬ。 ──疑念。 ──噂どおりの思慮深き人であったならば、なぜ己の身を死の危険から守りえなかったのでございましょう。
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