第10章 立つ鳥

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 娘の眼差しの鋭さに、アモイはわずかにたじろいだ。しかし同時に、彼女の質問がその出生に関わるものでないことに、安堵の息をついた。二人の母があたかも一人の女性であったかのように聞かされて育ったアルハには、それが永遠に不可侵の真実であってほしい。それが父としての、いささか虫のいい願いなのだった。 ──おまえはその日のことを、どこまで知っている?  試みに問う。娘は淡々と、自分なりに調べた成果を報告した。  都から西府(さいふ)へ赴く道の半ばに、桑郷(くわのごう)という養蚕の盛んな町がある。当時、その近くの峠道では雨のたびに土砂崩れが起こり、生糸を仕入れに通う商人たちが難儀していた。かねてからそれを気にかけていたマツバ姫は、視察のために現場へ立ち寄ることにした。  そこで事故が起きた、というところまでは、衆知の事実だ。しかし事故の詳しい内容となると、知る者は限られる。そのとき現場に居合わせた従者たち、乳母、そしてユウ。彼らを何度も問い詰めた結果、アルハはようやく次のような経緯にたどり着いた。  一行はその日、崩落して間もないものと見える崖の途中に、一人の少年が取り残されているのに出くわした。近くの百姓の子が、薬草採りをしている最中に難に遭ったのだ。長らくそこにしがみついていたらしく、呼びかけても応えず、いつ転落してもおかしくない状態だった。  マツバ姫は周囲が制止する間もなく、即座に救出へ向かった。おかげで少年は、間一髪のところで命拾いをした……が。  代わりに彼女が、命を落とした。十一年前の秋、西陵へ赴任する途上での出来事だ。
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