第10章 立つ鳥

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──仮にも城主の重責を負う者が、それも賢人と称えられる者が、見ず知らずの子どものために、さような無謀を冒すものでしょうか。しかも助けられた子とやらが何処(いずこ)の村の何という者か、誰に訊いても答えませぬ。わたくしには、かれらが真相を隠しているように思えてならぬのです。 ──真相とは、どのような。 ──母上がお命と引き替えに救ったのは……本当は、わたくしだったのではと。目を離すとすぐにどこぞへ行ってしまう、せわしなき赤子であったと聞きます。崖から足を踏み外すか何かして、それで母上は御身を危険にさらしたのではありませぬか。我が子なればこそ、考える暇もなく。  アモイはまじまじと娘の顔を見改めた。大人びているように見えた顔が、不意に頼りなげな影を帯びて、胸の奥に疼く怯えをにじませる。  彼女もそうだったのだろうか。十二歳のマツバ姫はすでにして威風堂々、怖いものもなさそうだったが、それは表層に過ぎなかったのだろうか。内心には、不安や葛藤が渦巻いていたのだろうか。今となっては、確かめようもない。 ──アルハ。仮にそれが真相だとして、城主としての任を果たす上で障りになるか。人の上に立つのがはばかられるような咎を負ったと、そう思うか。  一瞬、娘の顔に、核心を突かれたとでもいうような動揺が浮かんだ。しかし少し考えた後に、いいえ、と彼女は答えた。 ──もしも母上の命と引き替えに生き長らえたならば、なおのこと、己の生を無駄にはできませぬ。今のわたくしの為すべきに精いっぱい、励まねばならぬと、そう考えます。 ──よくぞ言った。  アモイはしばし、胸を詰まらせて沈黙した。が、娘がじっと続きを待っているので、無理に軽く笑ってみせた。
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