第10章 立つ鳥

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「そういうわけです、城代。我が娘たっての望み、今しばらくこの城に留まり、助けてやっていただけますか」  ムカワの正面に座ったアモイは、そう言って人員の配置案を記した紙を差し出した。  片目の男は表情を変えもせずに紙を受け取ると、懐から使い古した拡大鏡を取り出して、ゆっくりと内容をあらためる。片眼鏡としてはもはや用をなさなくなったそれを、彼は今もこうして肌身離さず持ち歩いているのだった。 「(りょう)の君の仰せとあらば」  長らく待たせた割に、返ってきた応答は短かった。  そう、不本意な役目を続投しているのは、アモイも同じだ。その場しのぎのはずだった嶺の位に就いて十六年、王座が空席のままであることを臣民も半ば忘れかけているが、この状態が国として望ましいはずはない。  だからこそアルハには早いうちから城主としての実績と自信を積ませ、自分の目の黒いうちに王位を継承させたい。それがアモイに残された、最後の希望だ。  そんな父の願望を、娘もうすうす察しているのかもしれない。彼女は西陵にいながら、他の地域にも常に目配りしている。ルカに会いに行くついでに東原の城下を視察し、時には襲堰(かさねぜき)四関(しのせき)まで足を延ばして、タカスやバンケイと親しく話すこともあるらしい。  参っちまうよ、ガキのくせに、まるっきりオヤカタみてえなんだもんな。バンケイがそうぼやいていたと、人づてに聞いたことがある。  実際、娘の身体には、マツバ姫の血は流れていない。マツバ姫の記憶も残っていない。それなのに、まるで生き写しなのだ。だから期待してしまう。それは大人の身勝手だろうか?
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