余章

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 * (父の後見があったとは言え、若い娘が王位に就き、まずまず平穏な一時代を築いたことは、山峡の歴史に一線を画する出来事だったはずだ。  にもかかわらず、その母──『紅鷹君伝』の中では実母ではなかったとされているが──のほうが後世に広く名を知られ、幻の女王と称されるに至ったのは、果たしてこの書物の流布だけが理由だろうか。  ほぼ時を同じくして各地に出現した、彼女にまつわる伝承の数々は、何を意味するか。たとえば北湖国(きたうみのくに)南西部に位置する山中の、という地名。美浜国(みはまのくに)の旧都の一角、焼失した屋敷跡に建てられた供養塔。あるいは群島国(むらしまのくに)のある島の祠に納められた、一房の毛髪。  いずれも信憑性の薄い民間伝承だと、歴史家は一蹴する。彼女は生まれ育った盆地から一歩も外へ出たことがなかったのだから、と。だが真偽はともかく、人々があえていくつもの逸話を語り継いだ以上は、そうさせるだけの何かがあったのだと見るべきではないか。  そのは、おそらく、この荒唐無稽な伝記風の物語にも通底していた。だからこそ長い時をかけて多くの写本が生み出され、そのたびに加筆され、各地の伝承と混じり合っていった。  今となってはどこまでが原著者の筆によるものか判別できない──いっそ、彼女に魅せられたすべての人々が作者であり、語り部であったと考えるほかなさそうだ。)  *
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