余章

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 急に身体がだるくなって、窓枠にもたれかかる。すぐに男が駆け寄ってきて窓越しに手を差し伸べ、耳元で名を呼んだ。 「ねえ、もう一度聴かせて。燕のうた」 「後でな。今は少し休め」 「聴きながら休むから。ね」  男の手を押し返し、壁際の長椅子へ腰を下ろすと、目顔で再度促した。わたしの頼みごとを、彼が聞いてくれなかったためしはない。渋い顔をしながらも、また木笛に唇をあてがう。  やがて先ほどよりも少し速度を緩めた優しい調べが、窓から部屋へ流れこんできた。子守唄を聴いているような気分だ。わたしは長椅子に身を横たえ、目を閉じる。 ──本当は一つだけ、書き落とした場面があるけれど。  真紅の衣をまとった女の、あまりにも清々しい笑顔が、まぶたの裏に浮かぶ。背景には抜けるような青空と、切り立った崖と。  繰り返し夢に見ながら、どうしても筆が動かず、文章にできなかった光景。 「あの人、鳥になったの……」  筆胼胝(ふでだこ)のできた指で胸元を探り、二つの珊瑚を強く握りしめる。けれど、どんなに力をこめてみても、もう痛みは感じなかった。
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