余章

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 空とまったく同じ色をした湖面に、光の破片が踊る。桟橋の脚には緩やかなさざ波が寄せて、釣り糸を音もなく揺らしていた。 「しかし、見事に再建したものだな」  釣り人の背後から、聞き覚えのある男の声がする。 「あれほど徹底的にやられたというのに、もう、かつての鏡の都そのものだ」  独り言ではない、と、最初からわかっている。ここは物見遊山の旅人が立ち寄るような場所ではない。(しじみ)取りの漁師が舟を出すための桟橋で、かつ今は漁期でもなく、釣り人ただ一人きりの閑散とした湖岸だった。  しかし向こう岸に目をやれば、なるほど打って変わって絢爛な都の姿が見える。白い壁や光る屋根の連なる街並みが水鏡に映って、なおさら壮観だ。 「で、親爺。ここじゃ何が釣れるんだ?」  問いかけられても釣り人は振り返らず、竿をひょいと持ち上げて、水中から鉤針を引き寄せる。付けていた餌は、かなり前から無くなっていた。 「ここいらで釣れるって言ったら、(ふな)か、(ます)か。時々は、珍しいもんに出くわすこともありやすがね」 「へえ、たとえば?」 「苗字だけあって、名前のない男とかね」  左隣に座った男の顔を、ようやく横目に見やる。相手は痩せた頬を歪めて、にやりと笑った。
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