第2章 面影

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 笛の中に溜まった唾を振り落としながら、ユウは光る川面を眺めた。下っていけばこの川は、山峡国(やまかいのくに)最大の河川である大風水(おおかざみ)に合流するという。  北西の山並みから袈裟懸けに国土を渡る大河は、冷たい疾風を伴って盆地の中央、都のすぐ脇を通過する。そして東原(とうげん)を蛇行した後、四関(しのせき)のある東南の方角から、盆地の外へと流れ出していく。  数日前にその川を、たくさんの舟が下っていった。西陵城が備蓄している兵糧や武具の類いを、東原へ送るためだ。城に養われている童の中で力のありそうな少年たちが何人か、手伝いに駆り出されたと聞いている。  一方で、ユウの日常は平穏そのものだった。西府(さいふ)に帰ってきてからは大っぴらに剣の稽古もできるし、時にはこうして外で羽を伸ばす時間もあって、窮屈な都での暮らしよりもずっといい。  もちろんマツバ姫のそばにいられるなら、どこに住んでも文句を言うつもりはない。ただ奥御殿にいるときの姫は、城主だったころとは別人のようにおとなしくて、どうにも物足りないのだ。何をしているのかは知らないが、一日のほとんどを部屋に引きこもって過ごしていた。たまに人前に姿を見せても、腰には剣を帯びていなくて、何となくがっかりする。  西陵に帰ってきて、真っ先に演武場へ足を運ぶ彼女を見たときは、思わず胸が弾んだものだ。もっともそれも最初の数日だけで、腕がなまっていないことをひととおり確認した後は、また深窓の姫君然とした生活に戻ってしまったのだが……。      
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