第2章 面影

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「ここだよ」  葉擦れの音に紛れて、微かな笑い声がした。  ユウは頭上に目を凝らした。水際に立つ大きな柳の木の、大きく川面に張り出した枝の途中に、男が座っている。片足を曲げて枝の上に載せ、片足は下に伸ばしている。履き古した草履、白茶けた暗褐色の袴からして、裕福な身分ではなさそうだ。袖無しの単衣(ひとえ)から突き出た腕はそれほど太くはないが、引きしまった筋肉が見えて若々しい。その腕を枝の節にかけて、器用に平衡を保ちながら上半身を乗り出し、こちらを見下ろしている。  とっさには何と反応していいかわからず、ユウはただ岩の上から、男を睨み上げていた。と、男は唇をすぼめて、口笛を吹いた。さっきまでユウが練習をしていた童謡の一節だ。 「何ていう曲なんだ?」  吹き終わると、男は尋ねた。 「教えてくれよ」  枝から落ちるのではないかと思うほど男が体を傾けたので、それまで日陰で見えづらかった相手の顔が、ようやくはっきりと像を結んだ。     
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