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どこかで会っただろうか。奇妙な既視感があった。だが、そんなはずはないと思い直す。男の左の頬には、目立つ傷跡があった。目のすぐ下から顎のあたりまで及ぶ、かなり古そうな切傷だ。こんな特徴がある顔を、見忘れるとは思えない。
もしかすると、誰か知り合いに似ているのかもしれない。そう思って改めて眺めれば、朗らかで柔和な雰囲気は、どことなくアモイを思い出させる。歳も大体、同じくらいではないか。
ひとまずそう仮定してみると、少し警戒心が解けた。短い黒髪の下の、丸みのある眉。少年のように邪気のない瞳。傷跡に気をとられると身構えてしまうが、屈託のない表情はやくざ者のようには見えなかった。
「燕のうた」
しかし人見知りの性で、答える声音はつい不機嫌な調子になる。
「知らないの?」
「初めて聞いた。のどかな曲だな」
それは自分にはまだゆっくりとしか吹けないからで、本当はもっと軽快な童謡なのだ。そう言おうか迷って、結局黙っていた。男は勝手に感心している。
「あんたは、そこで何をしてるの?」
「何って」
男は樹上で体勢を変える。枝が大きく揺れるが、当人は気に留めるふうもない。折っていた膝を立て、枝の上から川岸の地面へ飛び降りた。鮮やかな身のこなしだ。
身長は、あまり高くなかった。細身な割にがっしりとした印象の体つきをしていて、間近に立たれるとまた少し警戒心が戻る。
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